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「胃カメラ初体験」#3 〜撮影〜

カーテンを抜けると、目の前に手術台のようなベッドがあり、周囲に3人くらいの女性スタッフがいた。
健診とは言え、婦人科以外の医療現場で全員女性というのをかえって珍しく感じた。
それでいてどことなく安心感を感じるのも事実。
さておき、胃カメラというのはどのようなものだろう。

向こうへ回り込んでベッドの上に横たわってください、と指示が入る。
スリッパを脱いで台にあがり、横たわる。

「これが最後のお薬です。喉の麻酔です」

口の中へ液体が垂らされる。ほどなく舌がびりびりと痺れてきた。
ん、喉の麻酔って言ってたよな。喉に落ちてないんじゃないか?

そんなことを思っているうちに手術台がゆっくりと上昇し、左側を下にして横たわるよう指示が入る。

左を向いて横になると、枕元に銀色のバットのようなお盆が置かれた。唾はここに流してくださいとのこと。
さらに、キッチンペーパーのようなものを枕元に差し出される。
何もないと枕元に唾が流れ落ちるので、口元からお盆まで流れるようにキッチンペーパーを敷くらしい。

え、胃カメラ飲んでいる間に唾が流れ落ちるんですか。
このお盆で受けるくらい大量に流れるんですか。
聞く暇はない。

枕と頬でキッチンペーパーを挟み、ここで技師と思しき方から挨拶を受けた。
視界が90度横になった世界で挨拶をする。よろしくお願いします。

本日胃カメラを担当させて頂きます。
今回が初めてということで、まずこのカメラを鼻から挿入していきます。
途中、唾が出てきても飲み込まずにそのまま流してください。
どちらかの鼻が詰まりやすいとかはありますか?

どっちかあったような気がするが、どっちか思い出せない。
しばし思案した後「どっちでも大丈夫です」と回答すると、では右の鼻からにしますとのこと。

技師の方が手にした黒い細長い管が視界に入る。
思っていたより管が太い気がする。あれが鼻から入るのか。喉を通るってどんな感じだろう。

黒い管が右の鼻の穴に入ってきた。
その後もゆっくりと奥へ入っていく。
途中、固い部分に当たった。骨だろうか。ちょっと痛いな。
そこに圧を感じつつ、さらに視界の黒い管が静かに、動いていく。

喉に触れた気がした。喉の奥に違和感を感じた。

ウオォォォゥエェ

さすがにえづいた。綺麗にえづいた。
何か一緒に出てくるかと思ったが、昨晩から絶食ということもあり何も出ない。周囲を汚さなくて良かった。
だから前夜から絶食にするんだなと頭の片隅で納得しつつ、体は初めての違和感に素直に拒否反応を示した。

横になったまま、「またや」と思っていた。
バリウムの時もそうだった。

みんなバリウムバリウムと言うけれど、バリウムを飲んだ後にアクロバティックな運動があるなんて聞いていなかった。
今回もそうだ。
胃カメラ飲みながらだらだら唾液をこぼすとは知らなかった。

えづいた反動で涙と鼻水が同時に溢れた。
一瞬、視界がぼやける。
銀色のお盆は全部対応してくれているだろうか。

とにかく、えづいていては検査ができない。
ここは自分の体に「何も入ってはいない」と信じ込ませなければならない。

神経を集中して、深く考えないようにする。
心頭滅却すれば火もまた涼し。
自分の背後にいる看護師さんが、二の腕のあたりを定期的にポン、ポンと優しく叩いてくれる。
ねんねんころりよのリズムだ。
全く眠気はないが、とにかくこの心意気に応えて静かに胃カメラを受け入れることに全神経を集中させなければならない。

くぇっ。
くぇっ。

途中、小さく嚥下する。痙攣のようなものは抑えきれないらしい。
えづくのを堪えて、ただひたすらに空を見つめる。
画面を見る余裕は全くない。

ただ凄いなと思うのは、鼻と喉の違和感以外、管が体内に入っていることへの違和感は全く感じないことだった。
人間の体は良くできている。医療現場の技術も発達している。

途中で、口呼吸をすれば良いことに気づいた。
そりゃそうだ。

右の鼻は胃カメラで埋まっている。普通に呼吸ができるわけがない。
いつも通りにふるまうことに集中しすぎて、鼻呼吸がしんどいかもしれないことに気づいていなかった。
そこまで普段通りにする必要がないではないか。というか普段通りにできないではないか。

そこから口に意識を集中し、ゆっくり大きくすう、はあ、と呼吸を繰り返す。
鼻の奥のツンとした痛み、管が当たっているという圧、流れる唾液、喉の違和感、全てを振り払って静かに横たわる。
すうー、はあ。

いま十二指腸を通っています、という声が聞こえた。
十二指腸ってどこだろう。
随分と体の中を貫通してるんだな。何mくらい入り込んでいるんだろううぇっ

思考を停止することにした。考えるとえづく。

撮影が終わったらしい。
視界の端で黒い管が逆流し始める。二の腕のねんねんころりよが止まった。
そろそろと喉から管が抜ける。違和感からの解放感。
鼻から管が抜けた。圧からの解放感。

お疲れさまでした、口に溜まっている唾液はトレーの上に出してください。

ゆっくり起き上がる。
何だかもう、何がどれだか分からない。とりあえず口の中のものは全部出した方がいいらしく、出す。
何が出ているのか分からない。涙と鼻水も混ざっている気がする。
ティッシュをもらって口元を拭きながら台を降りる。

胃カメラの画像が壁面のディスプレイに映し出されており、技師の方がどうぞと隣の椅子を勧めてくれた。

しばらくの間は鼻を強くかむと鼻血が出ることがあるので、鼻をかむ時は気をつけてください。
唾液はしばらくの飲み込むと喉がうっとなるので、そちらのティッシュなどで受けてください。
と、側のティッシュの箱を教えてくれた。

「今回初めてということだったんですけれども、大変落ち着いていらっしゃったので撮影も順調に進みました。
これが画像ですが、はい、基本的に大変綺麗です。
特に目立ったものはないのですが、例えばこの画像のこの少し白いもの、これは…」

喉の奥の違和感の追憶と、鼻に水が入ってしまった時のような鼻の奥に残るツンとした痛み。
技師の方がはきはきと説明してくれるのを一所懸命に聞くのが精一杯で、頷きながら何度もティッシュを使って鼻水と唾液を抑える。
胃カメラが終わった後も思ったよりきついな。

無事に説明も終わり、礼を言って待合室に戻る。
本日の検査終了。
ロッカーで着替える。

脱いだ検査着を何気なくロッカーの上の棚に押し込んだとき、気づいた。
恐らく、私の前にこのロッカーを使った人がこうやって検査着を上の棚に突っ込んだまま忘れたと思われる。
上の棚の検査着は使用済みの検査着だった。下の棚にある検査着を選んで正解だった。

精算時に説明を受ける。
あと1時間は麻酔が効いているので、飲食を控えてくださいとのこと。
この間の鼻水と唾液は体外に出す必要があるらしい。
外を歩いている時はどうしたら良いんだろう。

「あと、こちらのプランには昼食券がついております」
何。昼食券。お昼代が浮く。使いたい。優雅にランチがしたい。
しかし、ランチまで1時間ある。昼食券が使いたいという理由だけで時間を潰して良いのか。こんな時どうする。

そもそも時間を潰そうにもコーヒーも飲めないので、諦めて会社へ向かう。

バリウムではないのでそこからの問題は長引かないのだけれど、鼻のツンとした痛み(というか苦味)はその後も思ったより長引いた。
正直、バリウムとどちらが良いのか迷うところだなぁ。

<了>

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