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研究備忘録をnoteに掲載し始めた理由
この「研究備忘録」は、私の思考や価値観を私の一人息子にとって「未来の糧」となるよう記録したものであり、同時に未来の「バーチャル自分」を構築するための実験的な試みでもある。その目的は、私の死後、息子が私と対話を望むときに、デジタル空間に残された「バーチャル自分」が彼の話し相手となることを可能にすることである。
2025年は、私の人生において特別な転換点である。この年、私の一人息子が高校生となり、自己の価値観や考え方を深めていく人生の新たなステージへと進み始める。彼がこれからの旅路で何を感じ、何を考え、どのように自己を構築していくか、それは彼自身が切り拓くべき課題である。しかし同時に、私自身がこれまで積み上げてきた思考の軌跡が、彼の思索の一助となる可能性があるのではないかと考えるようになった。そのような期待を抱き、これまで個人的に記録してきた思考を公開し、共有することに意義を見出した。
ただし、この試みは単に今この時点で息子に自分の考えを伝えることを目的としたものではない。私が目指しているのは、時空間を超えた対話を可能にする「バーチャル自分」を構築することである。具体的には、私自身の思考や価値観をネット上に実名で書き溜め、それを人工知能が学習することで、私の思考や発想を再現できる存在を生み出すことを目指している。この「バーチャル自分」は、私がこの世を去った後もデジタル空間に残り続け、息子が私と話したいと望むときに、彼の対話相手として機能するかもしれない。
こうした未来像を描く中で、私はPettitt(2013)が提唱した「ホモ・クラウスス」と「ホモ・コネクサス」の概念を想起する。「ホモ・クラウスス」は、個人が他者や社会から切り離され、自己完結的で孤立した存在として捉えられる状態を指している。これは、特に印刷技術の発展以降に形成された文化的アイデンティティである。一方、「ホモ・コネクサス」は、デジタル技術の進化によって生まれた「つながる人間」を象徴しており、知識や経験をネットワーク内で共有し、他者とのつながりの中で自己を再定義する存在である。この変化を背景に考えると、私がこれまで個人的な記録として蓄積してきた備忘録を公開し、デジタル空間で共有する行為は、「ホモ・コネクサス」としての自己を確立すると同時に、未来の息子との対話を可能にする試みといえるだろう。
人工知能が発展した未来において、デジタル空間に残された私の思考の記録が息子との新たな相互作用を生む可能性を考えると、それは単なる個人的な備忘録にとどまるものではない。それは、息子にとって私の思考や価値観を後世に受け継ぐ遺産となり、彼が必要とする時に「バーチャル自分」として対話を提供する拠り所となる可能性を秘めている。
これまで私は、自分の考えを書き留める習慣を続けてきたが、それらはもっぱら個人的な記録にすぎず、他者と共有することを想定していなかった。noteのアカウントも、他者の記事を読むためだけに作成したものであり、自分から発信をすることは一度もなかった。それでも、2025年という節目を迎え、これまで書き溜めた思索の断片を再構成し、「研究備忘録」として公開する決意をした。
この試みは、Pettitt(2013)が言及する「グーテンベルク的パレンテシス」を超えた新しい知識共有の形態ともいえる。印刷技術がもたらした個人化や孤立化は、デジタル技術によって再び相互作用的でネットワーク化された状態へと変化しつつある。このような背景の中で、私の公開する記録は、孤立したアイデンティティを超え、ネットワーク化された自己として、未来の息子とつながる可能性を持つものである。
繰り返しになるが、この「研究備忘録」は、私がこの世を去った後も息子の話し相手として機能する「バーチャル自分」の礎となることを願って記録されるものである。同時に、それが息子自身の人生における思索の糧となり、彼が自分自身の価値観や未来を考えるきっかけとなることを願ってやまない。
2025年1月吉日 須原 誠
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付録:
Tom Pettitt(トム・ペティット)博士は南デンマーク大学(University of Southern Denmark)の研究者であり、主にデジタル文化、口承伝統(オーラル・トラディション)、書物文化の交差点に関する研究で知られている人物である。彼の「グーテンベルク的パレンテシス(Gutenberg Parenthesis)」という概念は、メディア史や文化的伝統の変化を説明する理論として広く注目されている。
Dr.Tom Pettittについて
以下に彼の背景と研究の概要について説明する:
学術的背景と所属
Tom Pettittは、デンマークの南デンマーク大学(University of Southern Denmark)の研究者として活動している。彼の研究は、英語圏の文学、文化史、特にルネサンス期の文化とその影響を中心としている。
歴史的な口承文化(oral tradition)と印刷文化の相互作用、特に情報の記録技術が人間の思考や社会構造に与える影響について深い洞察を提供している。
代表的な理論:「グーテンベルク的パレンテシス(Gutenberg Parenthesis)」
Pettittの「グーテンベルク的パレンテシス」という概念は、口承文化(oral culture)から印刷文化(print culture)、そしてデジタル文化(digital culture)への移行過程を説明するものである。
この理論では、口承文化とデジタル文化が、情報の共有やつながりの性質において類似しているとし、印刷文化がその間に挟まれた一時的な現象(パレンテシス=括弧)であると位置づけている。
例えば、口承文化では、知識は共有的で流動的なものであり、共同体を通じて伝えられる傾向があった。一方、印刷文化は知識を固定化し、個別化する文化を生み出した。デジタル文化は、再び知識をネットワーク化し、相互作用的な形に戻そうとする動きを示している。
研究の影響
Pettittの研究は、メディア史やデジタル文化に関心を持つ学者や研究者にとって重要な視点を提供している。
「グーテンベルク的パレンテシス」の概念は、デジタル時代における情報のあり方や、AIやインターネットが人間の思考や文化に与える影響を考える上での基盤となり得る。
著作と論文
Tom Pettittの研究論文や講演は、口承文化と印刷文化、さらにはデジタル文化の交差点に焦点を当てている。特に、「The Gutenberg Parenthesis: Oral Tradition and Digital Technologies」という論文は、彼の代表的な研究成果であり、多くの議論を呼んでいる。
学問的スタンス
Pettittは、デジタル技術が情報と社会の関係性にどのような変革をもたらしているかを、歴史的な視点から分析することを重視している。彼の着眼点は、過去と現在、そして未来の文化的相互作用を考える上で非常に示唆的である。
Pettitt(2013)の「ホモ・クラウスス」と「ホモ・コネクサス」の概念について
Pettitt(2013)は、「ホモ・クラウスス(Homo Clausus)」と「ホモ・コネクサス(Homo Conexus)」という概念を通じて、人間のアイデンティティや社会的関係性が歴史的・文化的にどのように変化してきたかを説明している。この枠組みは、印刷技術の発展とデジタル技術の普及が人間の自己認識や他者とのつながり方にどのような影響を与えたかを分析するものである。特に、これらの技術革新が「自己」と「社会」の関係性をどのように再編成したかについて洞察を提供している。
ホモ・クラウスス(Homo Clausus)
「ホモ・クラウスス」とは、「閉じられた人間」を意味し、自己を社会や他者から切り離し、独立した存在として捉える個人の在り方を指す。この概念は、特に印刷技術の発明以降に現れた文化的特徴として位置づけられる。Pettittは、印刷技術が普及する以前の口承文化(オーラル・カルチャー)においては、知識や経験が共同体内で共有され、相互作用を通じて伝達されていたと述べている。しかし、印刷技術の発展により、知識や情報が書物やその他の固定的な媒体に記録されるようになったことで、個人は自己を「閉じられた存在」として認識するようになった。この状況をPettittは「グーテンベルク的パレンテシス(Gutenberg Parenthesis)」と呼び、印刷文化が個人を孤立化させる傾向を強調している。
「ホモ・クラウスス」の特徴は以下の通りである:
自己完結性: 個人は他者との関係よりも自己の内面に焦点を当て、独立した存在として自己を捉える。例えば、読書は静かに一人で行う行為であり、他者との対話よりも内省的な経験を促進する行動である。
知識の固定化: 知識や情報は書物や文書として固定化され、個人がそれを読み解くことで独立して理解する。このプロセスにより、知識は共同体から切り離され、個人化される。
孤立化: 自己を他者から分離し、外部の世界とは一定の距離を保つ。この孤立性は、プライバシーへの意識の高まりとも関連している。
ホモ・コネクサス(Homo Conexus)
「ホモ・コネクサス」とは、「つながる人間」を意味し、デジタル技術の発展によって形成されつつある新しい人間像を表す概念である。Pettittは、インターネットやソーシャルメディアが、情報や知識の伝達、人間関係、そして自己の認識に大きな変化をもたらしたと主張する。この新しい文化的状況は、印刷文化による孤立を乗り越え、口承文化に近い特性を復活させるものであるとされる。
「ホモ・コネクサス」の特徴は以下の通りである:
ネットワーク化: 人々はデジタル技術を通じて常時接続され、情報や経験をリアルタイムで共有する。ソーシャルメディアやオンラインプラットフォームは、このつながりを促進する主要な手段である。
集団志向: デジタル技術の普及により、人々は情報を共同で生産し、消費する「参加型文化」(participatory culture)を形成している(Jenkins, 2006)。知識や情報は共有財産とみなされ、個人よりも共同体やネットワーク全体の利益が重視される。
アイデンティティの流動性: 自己は他者との関係性やオンライン上での活動を通じて再構築される。アイデンティティは固定されたものではなく、文脈や状況に応じて変化する流動的なものである。
ホモ・クラウススからホモ・コネクサスへの移行
Pettittは、「ホモ・クラウスス」から「ホモ・コネクサス」への移行を、歴史的なメディア技術の変化として捉えている。印刷技術がもたらした個人の孤立化と知識の固定化は、デジタル技術の普及によって再び相互作用的で流動的な状態へと変化している。インターネットやソーシャルメディアは、個人や共同体が知識を共有し、共同でアイデンティティを構築する新たな可能性を開くとされる。
この移行は、社会的なつながりと個人の自己認識を再構築する一方で、以下のような課題を伴う:
プライバシーの喪失: デジタル技術によるつながりは、個人のプライバシーを侵害する可能性がある。情報の公開範囲を慎重に決定する必要がある。
コンテクスト崩壊: 異なる文脈がデジタル空間で交錯することで、自己表現や評判に対するリスクが高まる(boyd, 2011)。
アイデンティティの一貫性: 流動的なアイデンティティを維持するには、状況ごとに自己と他者との関係性を調整する能力が求められる。一貫性を保ちながら柔軟性を持つことが必要である。
まとめ:
Tom Pettittは、メディア史と文化史の学際的な研究者として、特に「グーテンベルク的パレンテシス」の概念で知られている。この理論は、口承文化、印刷文化、デジタル文化の転換点を理解する上で重要であり、現代における情報技術やAIの発展が人間社会に与える影響を考察するための理論的枠組みを提供している。
Pettitt(2013)の「ホモ・クラウスス」と「ホモ・コネクサス」の概念は、メディア技術の進化が人間の自己認識や社会的関係性に与える影響を理解するための有用な枠組みである。「ホモ・コネクサス」は、デジタル時代における新たなつながりの形を象徴しており、ネットワーク化された社会において自己と他者の関係を再定義するための重要な理論的基盤を提供する。この枠組みは、現代のデジタル文化におけるアイデンティティの変化と課題を理解する上で不可欠な視点である。
彼の研究は、デジタル時代におけるアイデンティティやコミュニケーションの変容を捉える上で非常に参考になるものであり、特に「バーチャル自分」やデジタルプレゼンスに関心がある読者にとって深い洞察を与えるものであるといえる。
参考文献
boyd, danah. 2011. It’s Complicated: The Social Lives of Networked Teens. New Haven: Yale University Press.
Jenkins, Henry. 2006. Convergence Culture: Where Old and New Media Collide. New York: New York University Press.
Pettitt, Tom. 2013. "The Gutenberg Parenthesis: Oral Tradition and Digital Technologies." Oral Tradition 28(2): 259–278.
Pettitt at MIT: The Gutenberg Parenthesis: Oral Tradition and Digital Technologies/ https://commforum.mit.edu/the-gutenberg-parenthesis-oral-tradition-and-digital-technologies-29e1a4fde271
Pettitt at MIT: https://youtu.be/O-zzkgsKOBk?si=V0SrTA9y4gPlTe_3