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琥珀色の洋燈を尋ねて 中世に至るかも知れないアンティーク雑感
神宮前で逢いましょう
【琥珀色の洋燈を尋ねて ~中世に至るかも知れないアンティーク雑感~】
横浜という土地柄もあるだろうが。
1人でカフェへ赴くようになり、明治大正の西洋への憧れを残した場所や外交官家族が住んでいた赤い屋根の西洋館へ足をのばす事が増えた。
私の好きな“豪華建築”な喫茶店は敷き詰められたタイルひとつひとつが手仕事で椅子ひとつ、ゴブランの敷物ひとつとってもマスターのこだわりを感じられる。
ムダと手間を嫌うAIには到底マネできないセンスである。
山手の西洋館の窓枠から見える5月の薔薇は、スマホのカメラに収められないほど絢爛たる眺めである。
いま、若い人たちのあいだで“レトロな喫茶店“がブームだそうで、
“結局、ハイテクなカメラよりも店主こだわりの薬膳カレーやおはじきみたいなクリームソーダを映えも気にせず味わう”
……事を人は求め始めているのだろう。
もうひとつ、アンティークなカフェや小物を売る小さな古城めいた場所も増えてきて休日に行くと私よりもう少し年下のお客さんも見かける。
『ヴィンテージDeco』という主に手芸用品専門のヴィンテージショップがある。
銀座や新宿などにも大きな店舗があるが、私が東京でいちばん行く土地なのもあってもっぱら原宿店である。
前のエッセイでもこのお店の事はチラッと触れたが、この前初めて“リボン”を購入した。
スミレの刺繍(恐らく、この糸の花はひとつひとつが手作業で咲いている)が美しいチロリアンなものでそのうち、カルトナージュの際に使おうかと思う。
このお店のリボンというのが、色々な舶来が取り揃えられていて見ているだけでも楽しい。
あと“薔薇モチーフ”ひとつとってもタッチに国によって特徴があるように思う。
アメリカものは色合いもポップでパッチワークのように可愛らしい色合いでフランスものはやはり油彩画のように繊細なタッチで描かれたヨーロピアンなデザインが特徴のように思う。
このお店公式の通販サイトではページはなかったが(店舗によって品揃えが違うのも、ヴィンテージショップの醍醐味である)なんとなくだが、ルーツはドイツあたりだったら嬉しいなと思う。
“菫召せ、君”という森鴎外の本の『うたかたの記』にあった一文を思い出しからだ。
菫の花と共に佇むドイツのやさしいスミレ売りの娘の一文を娘の森茉莉が紹介していたが、もし彼女が現代に生きていたら、このお店をいたく気に入るであろう。
私がアンティークなお店やカフェを好んでいるのも、
『森茉莉が幸福な幼年時代を過ごした日の風景が、現代もどこかにまだ存在している』
……という感覚を味わいたいのも、理由のひとつであるから。
少なくとも、人生に影響を与えられた(狂わされた、と言った方が正しいか)読者の、ひとりとしてこうして飽きもせず自分の趣味だけ全部乗せの文章を書き続けられているのも、己の審美眼だけで紡いだ茉莉さんのエッセイあっての事である。
エッセイの中で骨董品店(現代だとやはり“アンティークショップ”であろうか)を訪ね日本では明治初めに造られた独逸の文人の小さな胸像や小皿を“父の目に触れた事があるかも知れない”とお会計に持って行く、というエピソードが強く印象に残っている。
たまにフランス製のアンティークレースをブロカント(蚤の市)なサイトで見かけるが、1900年初頭であると、
(もしかしたら、森茉莉がフランスに滞在していた時期に手芸店のディスプレイでつばの広い麦わら帽子に巻かれていたかも知れない……)
と思う事がある。
『アンティークギャラリー マジョレル』というカフェ併設のアンティーク専門店がある。
ちょうど彼女が作家活動を始めてから住んでいた世田谷にお店を構えていて去年からカフェの方へ行きたいなぁと思っていたのである(固めのプリンやクリームソーダなど、お菓子が“喫茶店メニュー”なのも気になるポイントである)。
もし世田谷を散策してそのお店に入ったら、藤素材のバスケットを提げて何時間もひとつのお店を物色する風変わりで素敵なおばあさんを探してしまうだろう。
家具店のサラ・グレースなど“フレンチシャビー”ものが好きで、仮にもっと働けるようになって一軒家を持つとしたら小さなチェストと卓上ランプをひとつずつ、グレーも美しいフレンチアンティークなものにしたいというひそかな野望がある。
現代の部屋にポンッと置いても馴染むような色褪せなさと時を経た事によって純銀のサビの色合いも却って持ち味になっているのも素敵である。
英国アンティークは重厚で存在感があって、どちらかというと日本家屋の和室の洋間にポンッとモリス柄の卓上ランプシェードや装飾も細やかなダークウッドのリフェクトリーテーブルが置かれていたら素敵だろうと思う。
アンティークとは少し離れるが前回バレンタインデーの際に書いたFrancfranc×ルルメリーコラボのような素敵な薔薇の花瓶や香水瓶も置けたら幸せである。
もし仮に私が茉莉さんのように和室で生活するとしたら、骨董の家具を買う勇気はないが後者のようになるたけ素敵に部屋を飾り付けて暮らしたいと思う(ルールはちゃんと守るし、ご近所の人には腰を低く接するが。あと畳は最初だけ業者さんを呼んで掃除して頂くかもしれない。あと、このくだりはただの絵空事に聞こえるかも知れないので先にお詫びしておきます)。
先程の段落で、私なりに『可愛らしくするなら、もし私ならこうしたいな~』と発想の赴くままに書いたが、やはり大正や昭和のはじめ頃に“舶来”が世に出回り始めた時代の趣味だと思う。
私が影響を受けた本は(吉屋信子の『花物語』や谷崎潤一郎なども)その時代のものが多い。
アイドルが出ているテレビは上の空に、髷を落とした紳士と断髪のモダンガールが銀座を闊歩していた時代に憧れる女子高生(出来れば女学生、と書きたいが)だったのもある。
鏡台に資生堂のオイデルミンの空壜へ勿忘草の一枝を挿して飾り、窓硝子に差しこむ黄昏を見て涙さしぐむ少女……にはなれないし、そういうキャラではないが。
和花を象った青と白のステンドグラスや薄い霧のような夢を積んだ洋書、当時ハイカラな舶来品であったコバルトブルーのリプトン缶など成人したあと、幾度かそれらのものを実際に見る機会に恵まれた。
これらのものと自国の建築や生活様式を上手い事組み合わせた先人の凄さを思い知る事となる。
明治に建てられた“謁見の間”こと迎賓館赤坂離宮はパリのヴェルサイユ宮殿を参考にして作られたそうで、その赤坂からほど近い日比谷にあるニナス(私のエッセイでは大変お世話になっている。パリ本店の方角に足を向けて寝られない……)ではブルボン朝時代にはマリー・アントワネットの手に握られていた銀の時計や実際に履いていた靴などが定期的に展示されている。
また、ニナスが食器ブランドのノリタケとコラボして作った当時王妃が使っていたものを再現したティーセットというものがあり、ピンクと白を基調にしていながら、思いのほかシンプルだと画像を見て思った。
中世ヨーロッパのもので今でも残っているもの、と言えばお城などの建築で、それ以外はビスクドールか王侯貴族の衣装などであろうか。
だが。
当時の絵画などを見ていると纏ったドレスのレースや毛皮、近くで控えた白馬の毛並みまで精緻に描写された衣装から当時の貴族たちの暮らしを伺い知る事ができる。
いつか、何かの展覧会でお目にかかりたいものである。
執筆 むぎすけ様
挿絵 麻菜様
投稿 笹木スカーレット柊顯
©DIGITAL butter/EUREKA project