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ショート小説 : とある日のコーヒー


おいしいホットコーヒー/挿画:春川

『とある日のコーヒー』 執筆:かおすけ


コーヒーの味なんてわからない。

カフェインが苦手で避けているし、苦くて酸味があったりして、正直どんなふうに飲んでいいのかわからない。
味がわからないだけで、マズイと感じるわけでもないけど。

でも、何となく味がわからないのに飲むのも、コーヒーに申し訳ない気がしてあまり飲まない。
同様にビールもそう。
苦くて味がよくわからない。

先日、ちょっとした旅行に友人と行ってきた。
2人で街並みをだいぶ歩き、疲れてきた頃にコーヒーしか置いていないカフェが。

友人はコーヒーが好きらしいし、私は別に味がわからないだけであって、コーヒーが飲めないわけじゃないから、他に休憩できるところもなさそうだったし、そのカフェに入った。

「お店で自家焙煎してるんですよ。」

店主が優しい笑顔で言う。
焙煎という言葉は知っているが、焙煎自体すらよくわかってない私。
常識的に知っていないといけない気もするけど。


焙煎されたコーヒー豆/挿画:春川

「美味しいです!」

一口飲んで友人が言う。
ああ、ここのコーヒーは美味しいんだ。
相変わらず味はわからないと思うけれど、私もコーヒーに口をつける。

鼻を抜けていくコーヒーの香ばしい薫り。
続いて追いかけてくる苦味。酸味。
でも、嫌な味じゃなくて、ゴクゴク飲める。

美味しいかと言われたら、やっぱりよくわからない。
けれど、私はその気持ちをつい正直に口に出してしまっていた。


ドリップのためのコーヒーケトル/挿画:春川

「コーヒーはわからないけど、美味しいのがわかる。」

店主さんは本当に優しい人で、そんな言葉にも笑ってくれた。

「ありがとうございます。」

何だろう。
コーヒーの味はよくわからない。
と言うより、コーヒーの良し悪しがよくわからない。
苦ければいいのか、酸味があればいいのか、香ばしければいいのか。

まあ、好みなのかもしれないけれど。

相変わらず良し悪しはわからない。
けれど、いいなって思う気持ちがあって、飲んでいて心が嬉しい。
美味しいかと言われたら、やっぱり苦いし得意な味ではない。
でも美味しいって気持ちになる。

不思議な気持ちだ。

「いい店だったね。」

店を出て友人が言う。

「うん、いい店だった。」

私は素直に答えた。
何だかとても気持ちが満たされた。

一杯のコーヒー。
ただそれだけなのに、たくさんの不思議な気持ちで満たされた。

コーヒーの味はわからない。
けれどまた、時間が経ったら飲みたいと思うかもしれない。
苦いし味覚には合わないけれど、なぜか美味しいと感じるこの気持ち。

色々なことに対して、このバグみたいな感覚を、私はもっと大切にしたいと思う。

【END】

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・執筆 かおすけ さん
・挿画 春川 さん
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