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長い旅路

日曜日から東京に行き、昨夜帰宅してきた。
そうして今、福岡行き、長距離バスの車内にいる。
仕事が重なり、このような移動となった。

久しぶりに見る我が子は、嬉しそうに僕に駆け寄って、そしてお土産をせがんできた。

マイクラの剣を、サンシャイン池袋のポップアップストアで見かけたので、それにした。
お兄ちゃんはマイクラの動画にハマっているので大喜びで布団にまで持って行った。次男はそこまで…。やはり西武線で見かけたラビューのプラレールが良かったか。鉄なので。

そうして再び福岡である。出張費が規定を超えていて手出しの可能性がある。ビジネスホテルで一泊2万超えってあり得ない。そんな世の中だ。

個人的に好きな移動手段は鉄道だが、宮崎で鉄道利用は現実的ではない。時間的金銭的余裕があれば電車で行きたいのだが。
そう、時間的な余裕があれば圧倒的に電車なのだ。
カメラと電車は相性が良いように思う。効率は良くない組み合わせだとは思うが。

そんなことを考えると尾仲浩二さんのことを思いだす。
電車に乗り、ふらりと駅を出て、良さげなところをふらりと撮り歩く。淡々とした、ドラマチックなこともない旅。ともすれば、苦痛すら感じるような旅。そういうものにちょっと憧れがある。
言うなれば、それは寂しい旅路だ。
孤独を感じるために旅をする、そういう感覚。
だから、望んではいるものの、実行に移すことはないままだ。

お風呂に入っているとき、長男に行った。

-また明日から父ちゃんいないんだけど、いい子にできる?
-いつ帰ってくるの?
-日曜日だよ。
-日曜日の朝?
-んー夜かなあ。父ちゃんいなくて平気?
-んー、寂しい。

寂しい、という言葉を一年生の口から聞いた。
寂しいという感情はきっとこれまでも経験していると思う。だが、その心のありようが寂しいという言葉で表されることを、この子はいつ知ったのだろうか。

いや、この子がいるなら、帰る場所があるのなら、寂しい旅路もいいかも知れない。
この子らも、いつか人生を独り歩きしていくことになるだろう。その中で、自分で自分の帰る場所を見つけるかも知れない。
寂しいという感情を知ることは、独り歩きをしだすための、条件のように思う。息子よ、寂しさを、大切にしてほしい。君の長い旅路は、まだ始まったばかりなんだよ。

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