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林業という選択肢もアリかもしれない

少し前、仕事終わりに近くの霊山に登った。
日没を告げる日暮らしや眠りにつく前の鳥たちの大合唱。
風に揺れる木々のざわめき。
そして、そのすべての音が奏でる「無音」。

その中に、ただ佇んで、耳を傾けていた。
少しずつ、自分の中に音が溶け込んでいく。自分と自分を取り巻く世界の境界線が溶けていく。
知らぬ間に、自分自身もその音の一部になっていた。

気づくと、登ったときには明るかった空には、満天の星が輝いていた。


私は、自然が好きだ。
昔は海が好きだったけれど、ここ数年は山が落ち着く。
緑が深ければ深いほど良い。

山の奥深くに入っていく。
人工的な音が消えていって、どんどん緑の静けさの中に溶け込んでいく。


今自分が抱えているしんどさというものが、自然からかけ離れた生活をしているからなんだろうなぁ、ということに、漠然と気づいている。

だからといって、急に田舎に引っ越す勇気も胆力も、今の時点では持っていない。
独り身ならいざ知れず、守らねばならない家族がいるから、余計にそう思うのかも知れない。


三浦おしんさんの「神去なあなあ日常」という本を読んだ。

今まで認識していなかった「林業」という働き方が、自分の選択肢の中に入ってきた。
気づくと、女性の林業従事者のnoteの記事を読み漁ったり、ネットで色々と調べている自分がいた。

まだ、なにも形として成されていないけれど。
自分の中に湧き上がってきたこの想いを、とりあえずここに置いておこうと思う。

どこでどんな風に、縁が繋がり、点と点が線を描くかわからないから。

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