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小島信夫が生きている!

 コロナのとき、わたしは東京から地方の実家に帰っていた。
 時間が余り、わたしは毎日本を読んでいた。特に小島信夫をたくさん読んだ。毎日読んでいた。初めはワケがわからなかったのが、日々読んでいると噛まず飲めるようになった。しかしそれは喉越しの心地よさから読んでいるのではなかった。その逆だ。
 わたしはそのとき金がなく、さらに水声社から出ている小島信夫の全集は基本的にすごく高価だから、それらの本をすべて図書館で借りて読んでいた。地元の図書館にはなかったから、県内の図書館から取り寄せるよう用紙に記入して手配していた。というか、いまだにわたしは殆どの本を図書館で借りて読んだ。

 ある日、わたしは図書館に本を借りにいった。図書館はコロナのせいで封鎖されていた。建物の横手の駐車場の真ん中あたりに、図書館の事務所の中に直接通じる業務員用の窓口があり、通常そこは関係者しか出入りしないのだが、そのときだけ、そこが仮説の本借りの場として機能していた。
 わたしは自転車で図書館に行き、自転車を停め、そこに行った。
 数人のマスク姿のパートのおばさんたちがいた。わたしの他にも何人か利用者がいた。本を借りにきていた。わたしはしばらく待って、図書カードを出して、予約をしているのですが、といった。カードを受け取って、おばさんの一人がそれを機械に読み取らせた。ここらの記憶はない。殆ど適当に書いている。寒かった。冬だ。晴れていた。人々は皆コートを着ていた。おばさんが、背後のドアの向こうの事務所に通じる通路に控えていた別のおばさんの方へ振り向いた。
 小島信夫さん。小島信夫さんの本。
 小島信夫さんの本ね。ええとどこかな。
 さらに何人かのおばさんたちが通路の中でうごめいていた。
 ええと、小島信夫さんはどこかな。
 小島さん。
 ないな。あ、これか? 違う。
 小島信夫さん。
 あっ。
 ありました。
 お待たせしました。こちらです。ありがとうございます。二週間以内にお返しください。

 わたしは、ああ、小島信夫が生きている! と思った。



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