私の青春…JK時代⁉️💖
晴れて念願の志望校に合格し,入学した私…🌸✨
期待に胸膨らませ,これからどんな華の女子高生ライフ🌹💖を送るのかとワクワクした😆🌱💕
私にとって高校生活はまさに青春💓
学生時代で1番楽しいに違いない❣️🌈✨と思っていた。
もともと,社会人になるまでは春🌷🌸🌱✨が大好きだった。
新しい環境,新しい生活,新しい出会い,これからどんなことが,待ち構えているのだろう〜と未知の想像つかない人生にワクワクしたのを今でも覚えている🥺💘🌱✨
緊張の中,高校時代がスタート❣️✨
私は青春を謳歌する気満々…💓👗💅
が…笑
入学後早々の学年オリエンテーションで…
大学受験の話‼️えっ?
今,受験終わったばかりだよ…?
なのにもう受験の話?早過ぎない⁉️👀💦
目標を持つ事は大切だけど…
そう。私が入学した高校は屈指の進学高…笑
過去にも有名な著名人を輩出し,某博士兼政治家や某芸大の学長を務めている方の出身校。名だたる先輩が多い。
まだ高校生ながらにして何か違和感を感じた私。
私は意志が強い方で決めた事はやり通すタイプのわりと粘り強い性格。
私の育ってきた環境は自分の意志で自分がやりたいからやる,周りは関係ない,自分がどうしたいか?皆がやってるからとかは一切関係ない。
自分の目的意識で努力するのは当然だし,自然。
オリエンテーションでも早く目標を定めて頑張りましょう〜みたいな話がされて,共感はしたのも束の間…
よくよく話を聞いていると,国公立大学や難関大学を目指しましょう❗️みたいなニュアンス…
日本特有の,良い大学に入って良い企業に就職?とお決まりのレールを敷かれている感じ。
今思えば,あの時のあの話は私にとって勉強したくない!の拒否反応ではなくて,狭いレールを敷かれていた事に対して不協和音が鳴り響いていたのだと思った。
やりたい事やなりたい人生がある(自分がどうしたいか?)からそれに向かって努力するのであって,良い大学に入る為に勉強しましょう!は何か私の中で違う気がした。
ん?????
私の雲行きが入学早々怪しくなってきた💦
場違いなところに来てしまった…🥶
と直感では感じていたものの,暗くなるのはまだ早い!慣れると違うのかもしれない!と前向きに考えるようにした✨
結果…
挫折と内容の濃い退屈な🥱学生生活の始まりにすぎなかった。笑
勉強はつまらなかった。そして挫折も味わった。
感性に響く勉強では一切ない。
教養のための勉強ではなく,受験のための勉強。
ここで私は日本の教育の在り方に違和感をも感じた。
私は中学から語学関係に進んでグローバル社会で活躍する社会人になりたいと思っていた。
英語の授業も全然楽しくなかった。
語学やツール,文化や教養としての英語ではなく受験のための英語。
後に,この違和感と大学で学ぶことの楽しさを痛感した私は学問の自由の楽しさのお手伝いがしたいと塾講師のバイトも経験することになるのだが…💡
今思えば唯一,感性に響いた科目は国語(現代文,古文)あたりだったかな〜✨
漢文は内容が教訓っぽかったので,知識としての科目。
そんな私は高校時代は勉強するのを諦めた。笑
高校1年〜高校2年の夏
まず青春ということで,部活に励んだ✨
高校2年の夏には大きな大会に出場出来るチャンスがあったので練習に励んだ✨
退屈な高校生活の中で当時唯一の光だった。
1番熱心に部活に取り組んで出席率も良かった私は先輩が引退したらキャプテンになるはず❣️と自信満々だったが…
まさかの私が選ばれなかった。今思えば私にはキャプテンのキャラではないだけだったのだけど,当時1番熱心に出席していて情熱を❤️🔥燃やしていたのに何だか裏切られた気分で感受性豊かな私にはすごくショックで悲しかった。
真面目にやってた自分もアホらしく思えた。
高校2年の夏以降〜
唯一の光に裏切られた感じが半端なく,真面目にとりあえず学校🏫に行く(部活をやりたいがために学校に行っていたと言っても過言ではない)意味を失った私。
案の定,同級生とも波長が合わないので退屈。
この頃から学校も遅刻気味…最終的に不登校気味。笑
女子高生ライフを謳歌するためにバイトも初めて髪の毛も染めたり…💕
時代はギャルが終わりに近づいている時代。
ルーズソックスからハイソックスへとまさに切り替わるぐらい。
他校の友達と遊んだり,バイト友達と遊んだり✨
それなりの女子高生ライフ🌹💘を謳歌するものの…肝心な学校が充実していないので苦痛と葛藤。挙げ句の果てに高校を辞めることまで考えていた。もうこの頃は学校に行く時間よりバイトの時間の方が遥かに上回っていたような…笑
働く楽しさも覚えたのもこの頃。笑
当時チェーン店の回転寿司屋でアルバイトをしていたのだけれども,仕事が出来るから店長に重きを置いてもらっていた存在だった。
今思えば,当時の私からしたらあそこが自分の実力を評価してもらえてたし,それなりに居場所だったのかも。笑
高校時代で1番髪の色も明るい茶髪(金々)にしたのめこの頃💕メイクもアイラインガッツリのギャルメイクにつけまつ毛ガッツリ👁❤️髪の毛もコテで巻き巻きにして,スカートも短くちょんちょんにルーズソックス〜笑🤣懐かしい🌈✨笑
けど…今またギャルが流行り出しているので,髪も明るい茶髪に程よいメイク💄,スカートを短くしてルーソを当時の履き方している今の女子高生を見ると何だかテンション上がるのと同時に可愛いく上手に着こなしている子を見ると癒されます〜👏💖笑
そんな遍歴も経てオシャレを楽しんでいる今ですが…
大人になってお会いした方にギャルだった話をすると意外らしいですが😆ファッションと私についてはまたいつか記事にしたいと思います❣️💐✨
そんなある日,3年生の卒業式間近で身だしなみ?頭髪検査があって,私の高校はそれで注意された生徒は卒業式までに髪を暗くするか,暗くしないのであれば当日黒彩をふって式に参加するかそれも無理なら図書館で待機というシステム。
高校時代で髪が1番明るい私はもちろんアウト!笑
式当日どっちにしても面倒くさいので,私は学校に行かなかった。
とその数日後の期末試験のとある1限目…
試験監督は生徒指導の数学教師。
テストが始まる直前に私の座っている机に向かって歩いてきて…
いきなり皆の前で「お前いい加減にせぇよ!!分かってるんか!」と大きな声で罵声を浴びせられた。
そう。そんな頭髪で卒業式に出れるはずもない私が式当日に学校に来ることもなく,髪も染め直すこともなく,テストに来ていたのに腹が立ったのだろう。
いきなりでびっくりしたけど,皆の前でしかもテスト前,言い方…指摘される立場にあるのは分かるけど,なんだか残念な気持ちになった。
その時間は数学のテスト,当然勉強せずに挑む私は数問しか解ける筈がない。どう考えても赤点。さっきも怒鳴られるし気分も良くない。
出来ないのに足掻いても無駄!
と,何故かそこで私の反骨精神に火が灯る🔥笑
この数問しか解けない答えを書いたって赤点は赤点。足掻くのが見苦しいと変な余裕を纏った私は書いていた解答を全部消してわざと白紙で提出。そう何故か潔く0点を取りにいった。笑
滅茶苦茶〜
ちょっと荒れた2年も何とか終わった。
高校3年
少し進路を意識し出す?笑
もう勉強を放置している私は成るように成ると変に流れに身を委ねていた。どうなるのだろう…
とりあえず髪は暗めにしてでもエクステはつけたり,メイクは相変わらずだったり。笑
なんだかんだバイトも高3の秋ぐらいまでやってたな〜
でも何故か高3の夏山みに軽く留学でもする?みたいな話を持ち出してきた母😂笑 さすがに小心者の私は高3の夏休みは…と断ったが,結局大して勉強もせず,バイトも週2ぐらいに控えてただ形だけ受験生を演じていたのであればいっその事行くのもありだったのかな😆🎉
ひょんなことできっかけは覚えていないけど,高3になって同じ高校の違う科のギャル友達ができる🥺💘🤝✨笑
彼女とは今まできっかけはなかったけど…
仲良くなってからは意気投合し,相変わらず学校を早退して遊びに行ったり,学校行く前にお気に入りのギャル服のショップへ行ってサーティーワンのアイス🍨食べてから登校したり,色違いの服を買ってお揃コーデを楽しんだり…❣️👖💕
まさに女子高生✨笑
卒業後もたま〜に連絡を取る唯一の友達🍀
そんな彼女はお家が🏠書道教室ということもあり,才能を引き継いでいたのか,書の道を目指すという事で大学も10月の公募制で早々と決まっていた✨
高校のカラーが合わなかった私にとって彼女だけが今も連絡を取り合う仲なのは間違いなく彼女も感性に長けた芸術性を持っているからであろう💐
もがき苦しみながらも流れるまま過ぎ去った高校生活。私は行きたい系統の志望校であった大学は落ちたが,そこの短大と滑り止め大学は合格していた。
成るように成るのかな〜と身を持って体験した。だって私は全く勉強していなかったのだから。
なんだかんだしんどくて退屈(思い描いていた高校生活ではなかった)だったけど,こんな私にも神様はチャンスを下さったと思った🍀✨
ちゃんとした高校生活を送っていた同級生は国公立大を目指しているので3月まで受験と闘っている。そんな中,私は2月に合格という安心😮💨を手にしていた。
散々,学校に対する不満や逃げから遊び倒していた私,この時間は無駄にしてはいけない…そんな気がした。
ふと思い出した✨
高校1年の時の副担任が美術の先生で,私は絵を描く🖼ことは好きではないが(中学の先生には美大に行けばいいと言われたものの…),高校での選択科目も1番好きな音楽を選択し,美術部でも美大を目指しているわけでもないが,遠足か何かの場面で私は油絵に興味があるという事を話ししたら,いつでも描きにおいで😊✨と言ってくれた❣️私も嬉しくてやりたかった事なのでぜひお願いします。と約束をしたにもかかわらず,段々と不登校に走り,いつか行かなくちゃと後ろめたさを感じつつも有言実行が出来ていなかった。
自分が言った事に責任を持つ,それは未だ私の短い人生の中で守ってきたことだった。
閃いた✨この無駄に出来ない時間をこれに充てよう🌈🌸💕そして,そんな環境が合わずに逃げたり辞めようとして,高校2年は特にひどく,母と討論や言い争いもしていた。私は当時,たくさん泣いた。
心配や迷惑をかけた母に感謝を込めて油絵をプレゼント🎁しようと思いついた❣️🤩🍀
早速,美術の先生のところへ行き,約束を果たせていなかった事をあやまり,経緯を話してお願いした👏💕先生はむしろ,その約束を覚えていて果たしに来てくれたことを喜んでくれて快く承諾してくれた☺️🎵
私もこのようなきっかけを頂けて恵まれた環境に感謝した✨
そして卒業直前に絵を仕上げた私は,サプライズで母に渡すため,置き勉していた教材を持って帰るのは大変だから取りに来て欲しいと口実(いきなり渡しても味気ないので,わざと少し教材を残して)を作って運び終えた後に,まだ荷物あるから〜📦✨と言って絵を🖼取りに行って母にプレゼント🎁の趣旨を話して渡した。
2枚の肖像画…ドガが好きだった私は,
バレエ🩰を踊る私と妹の肖像画を描いた🎨✨
母は驚いて喜んで涙ぐんでいた🥲💕
美術の先生も喜んでくれた?と気にかてくれた😊
そう言えば,美術の先生は本当にお人柄も素敵で,ちょうど私が絵を描きに行っていた頃,先生もコンクールか何かに出展する油絵の作品?を描いていて,ふと筆をとめた先生が…「やっぱり僕みたいに出展だから良く描きたいと欲目で描く絵はダメですね。全然響かない。○○さんの絵は格別ですね!」と言ってくれた。
先生の作品は大作の風景画で私からすると圧巻😳✨にもかかわらず謙虚な姿勢の先生。その人間性も私にとっては勉強だった。
後日,その絵を額縁に入れて飾りたいと,今となっては何かあればお世話になる画廊屋さんだが…母が画廊屋さんにその絵を持って行くと店主に「一緒懸命,描いた絵だね。それが筆のタッチを見ればよく分かるよ。」と言われたそうで母も驚いて経緯(娘からのプレゼントだと)伝えると「やっぱり!物凄く丁寧に描いてるのが分かるよ!」と言われたそう😳🎨✨
美術の先生や画廊屋さんのプロから見たら分かる何かが私の絵には表現されていたのかな?😆👏笑
本当に想い描いた高校生活ではなかったけど,女子高生らしい事はひと通りしたに違いない👏
私がその高校に入学することを誰よりも喜んでくれていた祖母🥺💘✨そんな祖母はその合格を見届けたかのように私が入学した後,5月の誕生日を迎えた後に逝ってしまった。挫折を味わって途方に暮れてた私は泣きながら祖母のお墓🪦参りもしたことも。
残念ながら喜んでくれたのに学業に専念せず,過ごした3年間…
幸いにも目指す系統の進路を手にした私,学ぶために大学に行くのだからその分大学生活は学業に専念しようと自分に誓ったのだった🍃✨
更なる不協和音が待ち構えていることも知らずに…
おしまい✨