綺麗なYシャツには奥さんの愛情が示されているんだ
できる男は恰好もいつもしっかり決まっているんだ
パリッと綺麗にアイロンがけされたワイシャツを着て、スーツだってびしっとして体にフィットしたものを着ている
皺のついたワイシャツとか、クタクタになったスーツとか、考えられない
やっぱり仕事ができる人というのは見なりにもかなり気を使っているでしょ普通
今朝、私が主人に言い放った言葉だ。
私の母は、父の身なりをしっかりとケアしている。昔から、ワイシャツやスーツは必ずクリーニングに出す。仕事用の鞄や靴だって、少しすり減ったものなら、買い替えていた。「周りの人は案外見なりを見ているのよ~」と言っては、自ら父の身なりを気遣っていた。
若くてまだ金銭的にもそこまで余裕があるとは言えない時から、できる限りの範囲でそうしてきたのだと思う。「別に高い物を買う必要はないのよ。でもやっぱり仕事をするうえで清潔感って大切だからね。」そう言う母を見て育った。
一方、父はというと、もともとは全く身につけるものや自分の格好に興味のない人なのだが、年を取るに連れて、まるで母に洗脳されるかのように(いや、母の言葉がもっともだなと納得しただけだと思うのだが)、徐々に、自分でスーツにアイロンをかけたり、通勤用のバッグを買い替えに行ったりするようになった。おしゃれなカフスもコレクションするようになった。その変化は、若い時の父を知っている私はびっくりするほどだ。
そして、私の主人はというと、「身なりなんて興味がない、どうでもよい」というタイプの人だ。清潔感がないわけではない。ただ、スーツが少し傷んでいても、ワイシャツに皺がついていても、関係なしでいる。
恥ずかしいことに、彼とは1年ほど一緒に住んでいるのにもかかわらず、私は彼のワイシャツにアイロンをかけたことがなかった。ワイシャツにアイロンをかけている彼も見たことがない。「これは洗っても皺が付きにくいものなんだ」「上着を脱ぐことはたまにしかないし、ワイシャツなんて見えないでしょ」と言いきる彼。おまけに、「ワイシャツは消耗品だし安いので良い」と言い、いつも3枚で1万円しないものを買ってくる。スーツの値段も、ピンからキリの中のキリのものなのであろう。
「この間、20万近くするスーツを彼が買ってきたんだよね。彼、身につけるものにこだわりがあって、ちょっとめんどくさくて。」こんな話を友人から聞いた時に、少し「いいな。ちょっと羨ましいかも」と思った私がいた。私も基本、無駄なことにはお金は使いたくなく、根がケチ体質であるから、20万もスーツに使うような人をパートナーに持ったら、そもそも喧嘩勃発な可能性が高いのだが、そういう彼氏とか旦那さんって仕事バリバリな感じで、スタイリッシュな感じで、羨ましいな、と思ったのだ。
なんだか、あーだこうだ彼の無頓着さに悶々としていたのだが、お昼頃に、彼がクローゼットの中でゴソゴソと音を立てていることに気づいた。5分ほど経っても全く出てくる気配がない。そして、「ちょっと買い物に行ってくる」と出て行った。
「あー。言い過ぎたかな。私はいつも自分の考えを主張して、押し付けてしまう...」
3,40分ほど経ってからだろうか、家に帰ってきた彼は、いくつかの食料品を冷蔵庫に閉まってから、片手にのるくらいの大きさの謎の箱を取り出し、リビングでガサゴソしている。
おもむろに、スーツを取り出し、謎の箱の中身を使い始めた。これで毛玉が取れるらしい。「アイロンでなくて、毛玉?そもそも毛玉付いてたの?スーツに?」と思ったけれど、綺麗に取れるなと感動する彼を目の前に、「え、凄いね!これでより仕事できる人になっちゃうね!」と茶目っ気たっぷりに驚いて見せる。
そして、彼が用事で出かけた後、私は彼のワイシャツを全部取り出し、クローゼットの奥からアイロンを出し、アイロンがけをしようと初めて決心したのだ。
私たちは共働きの夫婦だ。私の母は専業主婦であったため、「夫婦の在り方を、自分の両親のとおりにしようと思うと自分自身が疲れてしまうな」と、結婚する前から思っていた。父の身だしなみへの気遣いはもちろん、父がお返しにあげるホワイトデーのお返しを代わりに買いに行ったり、毎日栄養たっぷりのご飯を作ったり、それらを何一つ文句を言わずにやっている母が私の” 家庭における母親の像 "なのだが、仕事もしていて、かつ、わりと自分のことでいっぱいいっぱいな今の私にとって、今から母のように振る舞うことは、自分で自分の首を絞めることになると思ったのだ。
「自分のことはお互い自分でやる、相手に乗っかっていない独立した夫婦でいたいな」と思っていた。
だからこそ、迷った。彼のワイシャツにアイロンをかけるかどうか。新婚生活しょっぱなから私がやってしまうと、私がやることが当たり前になってしまうのではないであろうか、と。理想としていた、「お互いが自分のことをしっかりとする独立した夫婦」からは離れてしまうのではないかと。
でも思ったのだ。私の意見を受け止めてくれて、自分なりにかみ砕いて考えてくれて、間違いなく、彼は私の言葉で行動した。煩いと思ったかもしれないが、ただ煩いと思っただけでは彼は行動に移さないであろう。
毎日仕事を頑張っている彼を想像したら、そして、私の言ったことがきっかけで毛玉取り機なるものを買ってきてスーツを綺麗にしようとした主人を思うと、なんだかほっこりして、愛おしくて、自然と彼のワイシャツにアイロンをかけてあげたい私がいた。
袖のラインをビシッと、襟をパリッとなるようアイロンを丁寧にかける。そして何も言わずにそっとワイシャツたちをクローゼットにしまう。彼は気づくだろうか、いつもと違うワイシャツを。もしかしたら、気づかないかもしれない。それでもいいんだ、これからも自分の負担にならない程度にやってみようと心に決めた。
もちろん、これから成長するにつれて、より「できる男」になってほしい。でも、それよりも、ワイシャツにアイロンをかけたくなるこの気持ちは愛情の一部分なのだと思う。
こんなことを考えていた日曜日。
明日からまた1週間仕事頑張りましょう。