読んだ本2021年1月
こんにちは。Natsuです。あっという間に2月になりましたので、1月に読んだ本を振り返ります。
今、わたしは空き家になっていた祖母宅に1人で住んでいます。そこにはとてもナイスなミシンがあり、1月は途中からずっとミシンや刺繍で遊んでいました。その間はしばらく仕事かのように布マスクを作り続けていましたが、たくさん作って満足したので、ミシンはお片付けしました。
わたしの頭の中では、「作る関連」という1区画で日記を書いたり絵を書いたり楽器を弾いたりしているような感じです。キャパシティが限られているので、絵を描く時はミシンはしないし、刺繍をしている時は文章を書くのをしなくなります。
それはあくまで「何か作る関連」のアウトプットのお話なので、それとは別に読書は読書で楽しんでおりました。
2021年1月に読んだ本のご紹介です。
続文章軌範
初っ端から漢文。梶井基次郎の「檸檬」に出てくる「賣柑者言」を読みたくて、その部分だけ読みました。
漢文で習った「賣柑者之言」の中に書いてあった「鼻を撲つ」という言葉がきれぎれに浮んで来る。
ここですね。てっきり、「まあいい香り!」みたいな表現で使われていたのかと思いましたが、「(その柑橘は)見た目はすごく良いのに、皮をむいてさいてみたらけむりのようなものが出てきて口や鼻を撲った」というようなことが和訳として書いてありました。必ずしも褒めている食レポではなさそうです。杭の国でも、みかんの類を食べるときに皮から目にしみる成分が霧散してくるあの感覚を共有されていたんだなと思うとほんわかします。
ちなみに、内容としては「この世に、見た目が良いけど中身はスカスカなものなんていくらでもある」というようなものでした。
図書館にある、誰も開いたことなさそうな漢文の本を借りて帰るという体験だけでも結構楽しかったです。
ちくま日本文学 正岡子規
柿キャラと化している正岡子規ですが、どうやら柿だけでなくくだもの全般が大好きだったようです。ここに収められている、正岡子規のフルーツ大好きシリーズはどのエピソードもかわいらしくて、食エッセイなど好きな方におすすめです。高浜虚子に毎朝いちごをとってこさせたり。お酒を飲まない代わりに旅先で果物にお金をつぎ込んでしまったり。
わたしも果物は何かと好きですが、読んでいて共感したのはりんごとみかんのパートです。林檎について「色彩の美を極めるもの」というのは、うんうんわかるとうなずきたくなります。
しかし菓物の香気として昔から特に賞するのは柑類である。殊にこの香ばしい涼しい匂いは酸液から来る匂いであるから、酸味の強いものほど香気が高い。
誰れも嫌わぬもので最も普通なものは蜜柑である。
わかる。みかんはみんな好き。食べやすい。美味しい。最高。
そして、奈良を訪ねた正岡子規が柿を食べる話がありました。
柿もうまい、場所もいい。
余はうっとりとしているとボーンという釣鐘の音が一つ聴こえた。
読者:(これがあの有名なアレの制作秘話か…!)
あれはどこの鐘かと聞くと、東大寺の大釣鐘が初夜を打つのであるという。
いや法隆寺じゃないんかい!!!
「くだもの」を読んでいるとわかりますが、正岡子規はそもそも柿が好物のようです。ちくま文庫の表紙を柿にされて柿キャラになってしまっても、文句は言えまい。
芥川龍之介全集3
「蜜柑」を読みました。ピュアで美しい気持ちと景色の閃光が目に焼き付く瞬間、人はフワッと軽くなる感覚があるの、共感します。
あらすじも知らなかったので、「まさか投げるとは」とびっくりしました。主人公は「主人公」として存在しているけれど、何もしないし、誰からも(ほぼ)何もされないんですよね。それでもまわりの環境から人間は影響を受けて、ハッッッとするわけなのですね。
「蜜柑」は、わたしでも知っているくらいなので芥川の代表作として有名なのかと思いますが、この本当に短い絵コンテのような作品がどうしてこんなに有名なのかは、わたしには謎のままです。好きだなとは思うけれど。
【読みかけ】人生の踏絵
まーーーだ読み終わりません。12月から読んでいるけれど、まだ読み終わらない。というのも理由がありまして、この「人生の踏絵」は、遠藤周作が「テレーズ・デスケルウ」を読みながらあーだこーだ言う講義を収録したものなのです。なのでわたしもまずはモーリアックのテレーズ・デスケルウを読み込まなくてはなりません。というわけで、人生の踏絵を読むのを一次ストップして、テレーズ・デスケルウに励んでいます。
【読みかけ】テレーズ・デスケルウ
文庫なのに1200円以上するの…。めそめそ。
普段は滅多にしないのですが、これに関しては文庫本にペンでぐりぐりとメモをとったり線を引いたりしながら読んでいます。外国文学に全くと言っていいほど触れてこなかったので、なかなか読み進むのに時間がかかっておりますが、それでも諦めずじっくり読みたいと思っています。
JR上野駅公園口
今や知らない人は居ない、大ヒット中の本です。
わたしは福島県のいわき市というところに住んでおりますが、この本で取り上げられている南相馬という街は、海沿いをもっと北へ北へ行ったところにあります。
自分と重なる文脈が多いからこそ刺さった部分も少なからずありますが、きっとそれを抜きにしてもいろんな人にとっての寂しさや不公平感、「なんで自分が」という気持ちに寄り添える物語だったから、これほどまでに売れて読まれているんだろうと思いました。
常磐線沿線、浜通りの人間にはぜひ読んでもらいたいです。「上野」を見る目が変わる1冊でした。
著者の柳美里さんは南相馬のブックカフェ「フルハウス」のオーナーでもあります。一度行って楽しかったのでまた行きたいと思っています。
【読みかけ】Go Tell it on the Mountain
知り合ったばかりの読書好きの方と、お互いに1冊ずつ本をおすすめしあって読もうよ!ということになり、おすすめしてもらったのがこちら。
探したのですが日本語翻訳版は入手困難で、Kindleで買ってiPadで辞書を引きつつ読んでいます。英語の論文ならいくつも読んだことありますが、小説となると構文が全然違っていて、ンヒーーーーー大変だ〜〜けど、洋書を読むのを人生のどこかのタイミングでやってみたいと思っていたのでいい機会です。
ちなみにわたしからは遠藤周作の「沈黙」をおすすめしました。
影に対して
「影に対して」についてはこちら。
【読みかけ】ヘッセの読書術
これ、一昨日あたりから読んでいてまだ読み終わってないのですが、すでにだいぶ面白いです。名言揃い。
私たちは書物をのべつまくなしに見境なく読んだり、あまりにも性急に、次から次へと度を越した速さで読むのではなく、受容能力のある都合のよい時間にゆっくりと楽しんで読まなくてはならない。
ヘッセは万の単位で本を読んだらしいですが、乱読多読速読はおすすめしていません。自分が良いと思ったものをじっくりと、繰り返し何度も読んで、大事に所蔵していく、そういった本とのお付き合いを理想としているようです。
わたしは乱読・多読のきらいがありますし、本もできるだけ所蔵しないで済むようにと思って図書館や電子書籍を利用したり、引っ越しのタイミングで一斉処分したりと、ヘッセのおすすめとは一見真逆の読書習慣をしているので、ちょっと耳が痛いところもあります。
が、良いと思ったものは繰り返しじっくり何度も読んでいるし、それらの本は愛蔵書として何回どこに引っ越すにも持っていっているし、「受容能力のある都合のよい時間にゆっくりと楽しんで」というのも、見ようによっては満たせています。
読書したいなあと思っていてもできないでいる人なんかには、ヘッセのこの言葉が届いて、いつかもっといいタイミングでゆっくり本を読めるようになったらいいですね。
1月を振り返ると、読みかけの本ばかりでした。洋書や漢文などバラエティ豊かなラインナップですが、実は12月の後半から、あるテーマに沿って選書したものを読んでいました。頭をひねらずとも見てすぐわかるものですが、こんな風にいつもとは違う切り口で本を楽しんでみるのも楽しかったです。
2月は読みかけ本の消化から始めたい…。