私が私に会えるのならば
幼い少女はブランコを漕ぎながら呟く。
「しあわせってなんだろう」
誰もいない公園の中、聞こえてくるのは遊具が少女の重みで軋む音だけのはずだった。
少女も空に向かってぽつりと問いかけただけ。
「しあわせってなんだろう」
少女は幸せが何物であるのか、どのような色や形をしているのか、まだ知らない。
「しあわせって、死を合わせると見えるものよ」
いつから立っていたのだろう、少女の隣に立つ女が少女と同じように空に向かって呟いた。
「しをあわせるって、どうするの」
ぶらんぶらんと少女はブランコを漕ぐことを止めないまま、女に問いかける。
「今日という日に死を合わせて今を見るの」
その場に立ったまま、女は空を見上げながら答える。
「わたしにはわからないや」
小動物を飼ったこともなく、家族の愛情に包まれた中で生きている少女には死がわからない。
死が何物であるのか、どのような結末で、どのような色をしているのか、少女はまだ知らない。
「今はまだ知らなくてもいいの」
「でもね、誰でもいつかは死ぬの」
「おじいちゃんも、おばあちゃんも、お父さんも、お母さんも、お友達も、あなたも」
死ぬとは何なのか。熱を出したことはあるけれど、咳が止まらず苦しい思いをしたことはあるけれど。
「誰でもいつか死ぬの」
「それを知ってから、日々を見てごらんなさい」
「死を合わせたら、きっと見えてくるわ」
「幸せなんて知ろうとしなくても、こんなに沢山あったのだと気付けるわ」
女はブランコを漕ぎ続ける少女が理解していないと知りつつも、独りごちるように続ける。
少女は不思議だった。自分が知らないものを、なぜこの女の人は知っているんだろう。
「ねえ、おねえちゃんはしあわせをしってるの?」
「ええ、知っているわ。いくつも死を合わせたから」
「おねえちゃんもしぬの?」
「そう、いつかね。今日かもしれない。明日かもしれない。一年後、十年後かもしれない。でも、必ずいつかは死ぬわ」
「じゃあ、おねえちゃんはどうやってしをあわせたの?」
「他の人の死を合わせたの。でも、あなたにはまだ誰の死を合わせたのか教えてあげられない」
「どうして?」
何でも答えた女が初めて言葉を濁すと、少女はブランコを漕ぐのを止めた。
そして、隣に立っている女の顔を見上げた。
その表情は薄らと微笑んではいるが、どこか寂しく、どこか悲しいものだった。
「どうして?」
もう一度、少女は女に尋ねた。
すると、女は悲しそうに笑った。
「あなたには、まだ早いわ。死を合わせて幸せを知るためには辛さが伴うから」
「だから、だから、お願い。あと少し、あなたは今をあなたのままで生きて」
それだけ言うと、女はどこかへ消えていく。
陽も殆ど沈み、少女以外には誰もいなくなった公園。
もう、何の音もしない。
もう、誰の声も聞こえない。
そして、少女は一つのことに気付く。
「あのおねえちゃん、わたしとおなじところにほくろがあった」
そう言って、少女は自分の顎のほくろを触った。