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【映画感想文】Cloud クラウド

2024年は黒沢清イヤーだなんて言われておりますが。確かに、6月にセルフ・リメイクとなる『蛇の道』を、8月に45分の中編『chime』を公開して、その勢いのまま、いよいよ新作長編が公開されるということで。そりゃ観るよねということで行って来ました。黒沢清監督、菅田将暉さん主演の『Cloud クラウド』の感想です。

えー、ということで、↑にも書きました様に今年の黒沢監督はめちゃくちゃ働いてるわけで。監督活動初期の、哀川翔さん主演で社会の闇とか裏とかそういうのを描いてると思って油断してたら、全くの異次元に連れて行かれるVシネ時代の傑作サスペンスをセルフリメイクした『蛇の道』。そのVシネ期のちょっとあとくらい、『cure』や『回路』辺りの黒沢監督の発明とも言える不穏で不快な恐怖表現、その恐怖部分だけを抽出して落とし込んだような中編の『chime』。これらは原点回帰というよりも監督の今のモードがそうなんだろうなと思っていたのですが、正しく新作も、社会との接点をギリギリのところで保ったまま地獄の扉を開け続けるようなホラーサスペンスであり、そういうジャンル映画でありながら、”黒沢清”としか言いようのない狂った世界のお話でもありました。

でですね。やはり、黒沢映画のもっとも面白いというか粋なところというのは、これ何の話なんだろうなって思って観ていると、いつの間にか元いた場所とは次元もルールも何もかも違うところに連れて行かれるってところだと思うんですけど。これは、個人的にはちょうどオカルトの中の異世界へ行ってしまう系の話を聞いたときなんかに近い感覚で。だから、ストーリーがどうとか映画の作りがどうとかっていう話ではなくて、映画を観ている間に観ているこちら側の世界が違う場所になってしまってるような。あれ、今、自分が観ているこれは僕らが住んでるこの世界での常識とかルールに沿って描かれているモノなんだろうかって思うくらい、ルールや価値観みたいなものがグニャリと変わってしまう瞬間というのがあって。正直、それを体験しに行ってるというのがあるわけなんです。黒沢映画を観るというのは。

なので、そういう意味では今回の『Cloud クラウド』は間違いなくそういう体験はさせてくれるわけなんですけど、もう、ここまで来るとアトラクションのようであるというか。あの、日常で生きていても、あのビルの屋上になにか得体の知れないものがいるんじゃないかとか、この路地のあの家の中では今まさに殺人が起きていてその死体を遺棄している真っ最中なんじゃないのかなどと考えてしまうじゃないですか。人って。概ね。だから、そういう人が、例えばディ〇ニーランドなんかに行ったりすると、この誰も入らない様なところにある扉は何なのかとか、なぜミ〇キーの〇は4本なのかとか、あの森の奥には地下通路が…とか、そういうところで楽しんでいるわけなんですよ。で、その裏妄想みたいのを具現化してくれてるのが黒沢清ランドなわけで(ちょっと前にバンクシーが裏ディズ〇ーランドみたないな"ディズマランド"っていうテーマパークを作ってましたが、それのもっと日常生活と直結した版ですね。)、そこに新エリアで"転売ヤーエリア"っていうのが出来たってさって聞いて、わー、楽しみーって行ったら、人の悪意とか嫉妬心とか利己的な気持ちとか嫌な(だけど楽しい)ものいろいろ見せられて、ある場所に来たら自分の中の常識がグニャリって変えられる瞬間が来て(今回は、あのバスのシーンですね。あそこで異次元スイッチ入りましたよね。まだ、こんな新鮮な恐怖演出あるんだってゾッとしながらむちゃくちゃ感動しました。)、そこからはもう(奥平大兼さん演じる)アシスタント佐野くん(=死神、悪魔。もしくは地獄の夢咲案内人)を案内役に、転売ヤー(これが菅田将暉さん演じる主人公の吉井っていうんですけど。)の自分でも気づいていないようなちょっとした罪悪感が見せる悪夢の世界(異世界)エリアに突入するんです。

だから、これ、ラース・フォン・トリアーがマット・ディロンを主役にして、殺した人間の死体で家を作ろうとする(何言ってるかわかんないでしょ。)殺人鬼を描いた『ハウス・ジャック・ビルト』みたいな話だなって思ったんですけど(あれも後半メフィストフェレスに導かれて地獄巡りしますしね。)、『ハウス・ジャック・ビルト』のジャックのような血も涙もない冷酷無比なサイコパスに比べて、転売ヤーっていう人からズルいなぁとか倫理的におかしいんじゃないのかって責められたりはするけど犯罪じゃないんで!みたいなケチな小悪党(そして、それに対する人々の感情も悪意というよりは嫉妬とか妬みくらいのもの)っていうのがね。正に俺たち!(監督はSNS的だと言ってますが)俺たちを取り巻く今の社会!だし、そのセコい悪の入り口から入ってそのまま(命のやり取りをするような)地獄に繋がっているっていうのがね。なんか、無常でとてもいいんですよね(しかも、そんな虚無な話を今をときめくオールスター級の配役でやってるというのも。)。

で、だから、やっぱり、この映画のキーになるのはアシスタント佐野くんなんですけど、佐野くんのキャラ設定がほんとに良くてですね。佐野くんは悪魔なので堕落した人間がほんとに好きなんですけど、吉井が転売にハマっていけば行くほど「吉井さんさすがですねぇ」って愛おしさと煽りが入り混じったように持ち上げるのとか、ほんと悪魔でいいんですよ(このアシスタント佐野くんの存在と、曇りガラス越しの覆面のスタイリッシュさと、バスのシーンがほんとにむちゃくちゃ怖いってだけでこの映画を観る価値は充分にあります。)。そして、ラストは佐野くんの運転で地獄へゴーですから。いいんですよねぇ。


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