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【映画感想文】箱男

みんな大好き前衛文学の第一人者阿部公房の代表作の一つを、『狂い咲きサンダーロード』や『爆裂都市 BURST CITY』、『逆噴射家族』などパンク・ムービーの第一人者(石井聰亙改め)石井岳龍監督が映画化した『箱男』の感想です。

個人的に阿部公房作品には(みんなそうだと思うんですが)十代の頃にドハマりして一応全作品読んでいまして、恐らくこの手のシュールというか不穏というか、現実と非現実を行ったり来たりする様な面白さに触れた最初の作品だと思うんです(ここからずっと続くこの手のものに目がない癖みたいなもののファースト・インプレッションですね。デヴィッド・リンチとか、ホラーとか、オカルトとか、都市伝説とか、最近だとアリ・アスターやジョーダン・ピールの映画もそうだし、『ザ・カーズ』とか『このテープもってないですか?』なんかの大森時生さん作品もそうですね。)。だから、僕はたぶん最初から阿部公房作品をサブ・カルチャーとして捉えていたんだと思うんですよ(その時はサブカルチャーなんて言い方さえ知らなかったですけど。)。なんというか、既存のものへのカウンターというか、破壊的でポップでキャッチーなものだと感じていたんです。で、それは後々出会うパンクというカルチャーに感じたものと同じだったんです。

なので、まぁ、阿部公房作品の中でも最もキャッチーでカウンターなメッセージのある『箱男』を石井岳龍監督が手掛けるというのは当然と言えば当然なんですけど、これはバッチリと思ってたものに限って面白さが相殺しあって(こちら側の期待の大きさも相まり)凡庸(もしくはむちゃくちゃ)になってしまうことはよくあることで。ただ、まぁ、このおふたりの場合天才というよりは奇才。まぁまぁ世間を斜めから見ているわけです。そういうひとたちのコラボですから、そりゃ、まぁ、常識の範囲で理解出来るものになるわけがない。と思って観始めたわけなんですが、これがですね。上方修正されていく気持ち良さというんでしょうか。もの凄く真っ当で分かりやすい。ここがまずこの映画で驚いたことでした。

原作を読んだ時に最初に思ったのは、箱男に対する羨ましいという感情だったんです。外界からの情報や圧力を完全にシャットアウトして自分の目で見たものだけで世界を判断する。そのニヒリズムに痺れたんです。恐らく10代当時の僕は(今から考えるとむちゃくちゃ恥ずかしいですが、)それを(箱を被るという滑稽なビジュアルも含めて)パンク(精神)だと思っていたんですよ。だから、箱男はただひたすら憧れの対象で、箱男がなぜ箱男にならなくてはならなかったのかというところまで考えが及んでいなかったと思うんです。で、この映画がそこまでの精神性で描いた作品になっていたら(パンクっていうのは世界の中心を己だと思うことだみたいな。)、たぶん、もっと観念的なアート映画のようになっていたんじゃないかと思うんですね(もしくはただ破壊するだけのホラー映画のように。)。もちろん、そういうふうに描くことで面白くなる作品はあるとは思うんですけど、ただ、この『箱男』という話はそうではなかったってことなんですよ。

じつはですね、この映画、27年前に撮影の一歩手前まで行って制作中止になっているらしいんですね。石井監督ご自身がインタビューで、「それからこれまで一度も映画化を諦めたことはなかった。」とおっしゃっていて。つまり、石井監督の中で『箱男』への思いが煮詰まり捲っているわけじゃないですか。そうであれば、もっと観念的な思いが先行した作品になっていてもおかしくないと思うんです。しかし、もしかしたら、27年という歳月がその煮詰まり捲ったものを一旦干からびさせて新たな料理に変化させたのかもしれなくて。なぜなら、むちゃくちゃバランスの良い今の話になっていると感じたからなんです。世界を俯瞰で見ていると言いますか、゛箱男がなぜ箱男にならなければならなかったのか"。そこを(ストーリーにではなく、)映画を作るときの軸に入れてるように感じたんです。つまり、"箱男を箱男にしてしまったものはなんなのか"。それを取り巻く社会がどんな世界だったのか、それが作品から滲み出て来るようなんです。

で、それを石井監督が27年間考え続けていたんじゃないかと思うのは、『箱男』そのものが持つ普遍性が明確に描かれているからで。原作が書かれた1970年代前半、映画化が中断した1990年代後半、そして、2024年の今、どの時代にもこの視点を持って世間を視てた人間がいたんだということを映画から感じるからなんです。そして、箱男という特異なひとりを描けばそれは社会に対するカウンターであり得たけれども、素性を隠して愚痴るだけの箱男もどきが(特にSNSなんかで)増殖しているのが今なんじゃないのか。というシニカルさもとても良くて。なんか、『箱男』への思いが煮詰まっているどころか、箱男そのものを(憧れるような存在ではない)滑稽で哀れなものとして描いてて。そりゃ、確かに石井監督のフィルモグラフィーを見れば、『狂い咲きサンダーロード』にしろ、『逆噴射家族』にしろ、最近だったら町田康さんの原作を映画化した『パンク侍、斬られて候』にしろ、主人公たちへのエモーショナルさよりも社会に対する俯瞰的な見方の方が勝っていた(そして、そのモノの見方がむちゃくちゃパンクだなと思った)作品ばかりだったわけです。そして、そこを一番感じさせながらも原作を読んだときの感覚を初期衝動的にアクションに変換してみせるとか、ジャンル映画的面白さ=キャッチーさも満載だし、更にそういうとこに善にも悪にも転びかねない子供のような感覚的な純粋さ(というか邪悪さですかね?)みたいなものまで入っていて個人的にはかなり満足でした。

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