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【地球のキセキ】宇宙SF
ひろし君は、光の速さで地球から遠ざかっていた。ロケットに乗って。たったひとりで。
ロケットの窓からは、地球が見えた。円い窓に映る地球はもう青くはない。
ひろし君が日本の、東京の、練馬区の、小さな公園の近くのアパートで、お父さんお母さん猫たちと暮らしていたとき、テレビの向こう側で核爆弾が爆発した。
科学者のお父さんは、アパートの屋上に実験用の小さなロケットをしまってあった。ひろし君だけをロケットに乗せてお父さんは空にたくした。
ひろし君たちの空で核爆弾がさく裂したのは、わずか五分後だった。ひろし君はシューっと飛び立って、爆風に乗って舞い上がった。
みんな燃えた。小学校もアパートもお父さんもお母さんも猫たちもすべて。
窓からは海を越えて飛び交う核ミサイルの軌跡が見えた。青い地球は瞬く間に火の玉になった。
ひろし君はロケットがどこに向かっているのか知らない。ただ飛んでいく。
ロケットには小さな望遠鏡があった。窓から地球をのぞいたひろし君はアッと声をあげた。地球はひとつじゃなくて、赤い地球の向こうに玉を連ねたネックレスのようにいくつもつながっていた。
ひろし君は、ひとつだけ向こう側にあるまだ青い地球を見た。日本の、東京の、練馬区の、小さな公園に標準を合わせる。アパートの前でお父さんがひろし君とお母さんにカメラを向けているのが見える。ひろし君はピカピカ光るランドセルを背負って胸を張っていた。もっと見たい。そう思った瞬間、お母さんの胸につけたミモザのコサージュが光の中に遠ざかった。
ひろし君は、もうひとつ向こうにある地球に標準を合わせた。小さな公園のブランコに座ってうつむいて携帯電話を見ている女の人がいた。女の人はチューリップをさかさにしたような赤いスカートをはいていた。スーツの男の人が走って来て頭をかきながら女の人にあやまっている。女の人が笑顔で男の人を見上げると、男の人は女の人の手をとった。そして、ふたりで手をつないで公園を出ていく。揺れたブランコが光の中に遠ざかった。
ひろし君はいくつも向こうにある地球を見つめた。海辺にしゃがんで何かを探している女の子がいた。女の子は、白い巻貝を見つけると立ち上がった。ひろし君は、女の子を、いつか古いアルバムで見たことがあった。女の子は、貝殻を耳にあてると目をつむる。
「おかあさーん」
ひろし君は思い切り叫んだ。
女の子は、おどろいた顔でこっちを見た。お母さんとひろし君は望遠鏡越しに見つめ合う。白い貝殻がぼやけて光の中に消えていった。
「ようし、ぼくはがんばるぞ」
ひろし君の声が宇宙に溶けた。ひろし君は飛んでいく。真っ暗で冷たい宇宙をたったひとりで。温かなこころを抱えながら。