最強最古のツンデレ・グレートマザー【物語元型論】
このコラムでは、物語元型論と題して古典的な英雄譚がどのような系譜から成り立っていったかについて解説します。
英雄譚とは
英雄譚とは、サクセスストーリーの王道です。たとえば「村から旅に出た主人公が、賢者の手助けを得て、洞窟に潜む悪い竜を退治し、囚われていたお姫さまを救い、彼女と結婚しました」という物語です。これは神話の時代から脈々と受け継がれた物語の典型なのです。
英雄譚は2つの核となる物語から成り立っています。1つは英雄の成長と誕生に関わる成長物語(ビルドゥングス・ロマン)、もう1つは世界の再生に関わる豊穣神話です。世界の再生は、秩序の回復とも言えます。つまり「英雄の働きによって、世界は平和になりました。めでたしめでたし」となる箇所に豊穣神話が関わっているのです。
そこで今回は、豊穣神話の主役である地母神について解説します。地母神は、グレートマザーや太母、母なる神、あるいは単に「母」とも呼ばれます。
両性具有の女神
地母神は、「自然」特に「大地」を擬人化した存在です。有名なのは、ギリシャ神話の大地の神ガイアです。
しかし、それぞれの地方で地母神とされていた神々がギリシャ神話に統合され、別の側面が強調されるようになったという歴史的経緯があります。たとえば、最高神ゼウスの妻であり結婚の女神であるヘラ、愛と美の女神アフロディテ、月と狩猟の女神アルテミス、豊穣の女神デメテル、亡霊や魔術と冥府の女神ヘカテなどは、元々別の地方の地母神であったと言われています。
両性具有とは「完全性を持つ」ことの言い換えです。ただし、地母神の完全性は「混沌」すなわち性別未分化であるからこそ生じるものです。
「両性具有=完全性を持つ」という性質は、後の老賢者(グレートファザー)元型にも受け継がれます。
処女かつ多産
この見出しは、一見矛盾しているように見えますが、「処女=誰のものでもない」と「多産=さまざまな動植物を生み出す」性質をそれぞれ示しています。これもまた、自然の持つ性質の比喩です。
グレートマザーは、誰の手を借りることなく、命を産み出せるのです。この女神の持つ「創造する」能力は、現代でも「女性的」な力とされます。
たとえば、男主人公が命の危機に陥ったときには、ヒロインの愛の力で、復活したり、新たな能力に目覚めたりします。これは、女性が創造する力(あるいはその派生である癒す力)を持つという流れが今もなお、受け継がれているからでしょう。
物語論の構造における「自然=母=女性」の連想は、今後も繰り返し出てくるので覚えておいてください。
最強最古のツンデレ
地母神は、世界最古のツンデレです。すなわち「ツン」としてのネガティブな面と、「デレ」としてのポジティブな面を持っています。ポジティブな面は大地に繁栄と豊穣をもたらしますが、一方でネガティブな面によって飢饉や災害をもたらされます。
たとえば、ヒンドゥー教の女神カーリーは、創造と保護、破壊の三つの顔を持っています。彼女は、誕生と死、ゆりかご(あるいは子宮)と墓場の両方の性質を併せ持つ女神なのです。
カーリーの「ツン」は苛烈です。骸骨や生首、四肢をアクセサリーにする彼女は、敵の軍勢を自ら殺戮し、戦いを勝利に導きます。さらにその勝利の舞は、夫のシヴァが世界の崩壊を危惧するほどの大きな揺れを生み出し、それを見かねた彼が横たわって地面を守ろうとしてもそのまま彼を踏みつけにしました。イマドキの暴力系ヒロインも真っ青の狂暴さです。実際コワイ!
最古のセカイ系ヒロイン
地母神は最古のセカイ系ヒロインでもあります。いや、むしろ世界そのものです。なぜなら、地母神は人(キャラクター)と場所(フィールド)の側面を併せ持っているからです。何せ「大地」の化身ですから。
たとえば、ギリシャ神話の豊穣の神デメテルは、娘を冥界に誘拐された怒りから作物を育てる職務を放棄しました。結果、植物は枯れ、作物も実らなくなってしまいました。女神の胸先三寸で、世界の命運は左右されるのです。
後世に下ると、地母神の元型は分裂します。先ほど述べた「ツン」としての「テリブルマザー(※1)」と「デレ」としての「グッドマザー」は、それぞれ別の神になりました。加えて、地母神には人と場の側面もあります。
次に示す英雄譚の典型的な4つの役割は、彼女から派生しているのです。
※1:テリブルマザーは、バッドマザーやダークマザーとも呼ばれます。
※2:竜は、後述する「永遠の少年」元型からの流れも一部汲んでいます。
※3:テリブルマザーは、これも後述する「娼婦」元型へも派生しますが、分かりやすさのために今回は割愛します。
追記(2024/06/07): むしろ地母神の神話を現代版にしたのがセカイ系という見方もできます。古代ギリシャ・ローマ時代を復刻したルネサンス文化と似た関係ですね。
此岸と彼岸、日常の世界と非日常の世界
「フィールド」について、さらに説明を加えましょう。「英雄の旅」において、物語の最初に主人公が住んでいる村や王国は平穏を享受しています。ここは俗の、あるいは日常の世界で、親(特に母親)や幼馴染の女の子が暮らしています。基本的に、ここは平和で、変わらない場所として描かれることが多いです。
しかし、日常の世界を飛び出して、主人公は冒険の旅に出るのです。村の境目を越えるとそこは「非日常の世界」です。たとえば獰猛な獣の闊歩する森や危険な罠の待ち受ける遺跡がこれにあたります。現代の物語なら異世界に放り出されるのかもしれません。俗の世界に相対する、ちょっぴり神秘的な聖なる世界です。
神話における「非日常の世界」の典型は冥界です。冥界は大きな墓場みたいなものです。「地面の下」にある洞窟も似た場所にあたるでしょう。
このような非日常の世界は、地母神のネガティブな面を反映しています。洞窟や遺跡が恐ろしいのは、最奥に強い竜が待っているからではありません。何が起こるか分からない未知の領域に挑むことそのものが、そもそもの恐ろしさの理由なのです。その怖さを分かりやすく体現するものとして雑魚モンスターや罠が存在するのです。
なぜ竜を倒すと洞窟が崩れるのか?
ラスボスを倒すとダンジョンが崩壊するのも、この流れから説明できます。根源的には、キャラクターとフィールドはつながっています。だからラスボスを倒すと、彼を象徴する場所も自然と破壊されるのです。
ただし、妨害を受けながら脱出することもあります。たとえばインディー・ジョーンズでは、お宝を得た後に遺跡からの脱出劇が始まります。
特にラスボスの力が強く残っている場合には、ダンジョンからの脱出が困難になります。その場合、外部からの手助けや主人公の師匠の犠牲によって、逃走することになります。
このコラムのポイント
・地母神は自然、特に大地を象徴化した存在で、混沌とも関係が深いです。
・地母神はツンデレ、つまりネガティブとポジティブの両方の面を併せ持ちます。ネガティブな面は死と冥界、ポジティブな面は誕生と豊穣に結びついています。
おわりに
物語元型論の第1弾はグレートマザー。「ツンデレ」は、もくじで紹介した動画にある通り、少年向けラブコメとも関係が深いです。
次の内容は豊穣神話についてです。よろしければスキを押していただければ幸いです。
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