Food|「遠回りしてでも訪れる価値のある素晴らしい料理」という二つ星の価値とは?
僕がミシュランガイドで信頼する部分は、オーセンティックなグランメゾンにおいての味の評価は鋭いと思うからだ。フランス料理とイタリア料理については、正直納得せざるを得ないという印象で、とくに一つ星と二つ星の間には、たった一つの数字以上の差があると思っています。
2019年11月に発表されたミシュランガイドの2020年版では、表参道にあるイタリア料理店「プリズマ」が、一つ星から二つ星に昇格したことがレストランラヴァーの間で話題になりました。ミシュランガイド東京が始まって13年目で初、日本全体で見ても初めてのイタリア料理店での二つ星です。
感覚的な料理人が多いなかで、技術の積み重ねを重視される齋藤智史シェフの噂は聞いていたこともあり、いつかチャンスがあれば行って見たいと思っていたお店で、先日の「虓」と同じく、料理人の大野尚斗さんからお誘いを受けて、「いつかのチャンス」がやってきたと思って、ノータイムポチリで行ってきました。
ミシュランガイドにおいてあまりにも有名な3段階の星の評価基準は1931年にフランスで始りました。「そのために旅行する価値のある卓越した料理」(三つ星)、「遠回りしてでも訪れる価値のある素晴らしい料理」(二つ星)、「そのカテゴリーで特においしい料理」(一つ星)になっているのは、車旅行が憧れだったころの名残です。
この評価基準を言葉通りに受け取れば、星の評価は料理だけで、店の雰囲気やサービスの質などは、評価の対象になっていないことになります(実際もその通りになっているかどうかはまた別の話)。
つまりプリズマは「遠回りしてでも訪れる価値のある素晴らしい料理」ということになります。独立する新店で二つ星を狙いたいという大野さんが僕を誘ってくれたのは、プリズマはミシュランにとって「どこが遠回りしてでも訪れる価値」と捉えたのかの意見を交換したいという理由からでした
コースは、メイン料理とデザートは複数のメニューから選べる「プリフィックスコース」。食材や人件費のロスが少ない「おまかせコース」が主流の中で、珍しいスタイルにまずは驚かされる。しかも、オープンキッチンには齋藤シェフただ一人。僕たちは18:30の回で、他に1組。僕たちの次に19:00から2組だったので4組2グループをたった一人でこなすのだから、これはかなり大変なことです。
フルーツトマトのジュレと
モルタデッラのムースとピスタチオのクレーマ
アンチョビクリームのトルティーナ
浜中産生ウニとエシャロットのスフォルマート
佐渡島産黒いちじくと
チンタセネーゼ豚プロシュート
丸茄子とパプリカのテリーヌと秋刀魚
江戸前穴子のアグロドルチェ
キャビアのタリオリーニ
イタリア産ポルチーニ茸と秋トリフのラビオリ
コラの実のグラニテ
厚岸産仔鹿のアロスト、バローロビネガーソース
季節のフルーツ(シャインマスカット)
リコッタチーズのクレスペッレ
茶菓子
全体を通してイタリア料理にひじょうに忠実な印象がする、その中でどう表現を広げていくかという齋藤シェフの覚悟が感じられるコースです。もちろんその表現の手法として、日本の旬の食材がふんだんに使われています。
茹でて塩、焼いてオリーブオイルのように「食材をシンプルに調理する」という点で日本料理とイタリア料理はよく似ているといわれます。そのため日本のイタリア料理は食材を重視していけばいくほど、日本×イタリアのフュージョン料理化していくことがあります。
しかしプリズマは、「浜中産生ウニとエシャロットのスフォルマート」は、ウニを使ってはいますが、味の構造はリコッタチーズを使っているのだと思うのですが、茶碗蒸しやフランとは違ってイタリア料理になっているし、「江戸前穴子のアグロドルチェ」も穴子の下にある野菜がしっかり甘く煮込まれているので料理なのに甘いイタリアのアグロドルチェになっているのです。
日本の食材を使ってはいますが決してイタリア料理であることを外さない。むしろ自然とイタリア料理になっていくというような印象があって、本当に芯からおいしいと思える料理が次々に出てきます。
日本におけるローカライズされたイタリア料理の正統な姿を感じさせる素晴らしい料理である一方で、本当に失礼ながらどこか「二つ星としてはちょっと物足りないんじゃないか」と感じる自分がいました。
そんな思いを見事に覆したのがメイン料理の「厚岸産仔鹿のアロスト、バローロビネガーソース」でした。
人間の都合で奪った命、命をどう吹き込むか
鹿は野生の生物であるため、猟で獲ることができないこともあるため、和牛や豚などのように安定した供給が難しい食材です。ましてや狙ってオスメスを撃ち分けることも難しく、仔鹿も偶然出会わなければ獲ることができません。
そのためこの日は運良く仔鹿が入った日に巡りあったわけなのですが、この仔鹿に対する齋藤シェフの火入れが本当に素晴らしかったのです。
肉の火入れは、基本的には加熱前後の脱水による旨味のコントロールと、焼き色によるメイラード反応による香りと旨味の育成、加熱によるタンパク質の凝固をできるだけ抑えてやわらかく仕上げることが基本的な目的になります。
その基本をもとに、それぞれの料理人がどうその肉を表現するか、というところに肉料理の醍醐味があります。
「厚岸産仔鹿のアロスト、バローロビネガーソース」はソースが高級ワインのバローロをふんだんに使った伝統的な赤ワインソース。奇をてらわないソースから、肉本来の姿を味わって欲しいというメッセージを読み取ることができます。
そういったさまざまな皿の上の情報から「仔鹿を火入れによって表現」するという共通のテーマが作り手と食べ手の間におのずと生まれてくるのです。
そしていよいよ仔鹿にナイフを入れて、ひと切れを口に運びます。
まず認識されるのは、ハリがありながらもしなやかな肉の繊維です。やわらかいとかそういった感覚よりは、ちょっと変な表現ですが、ウサイン・ボルトのようなアスリートの筋肉を連想させます。それでいて、ひじょうにフレッシュでみずみずしさがある。
僕は文章書きは、これくらいしか言語化できないのですが、齋藤さんが焼いた仔鹿は、僕の言葉なんかよりももっと豊かで繊細な表現をしていて、言語を超えたところまで仔鹿の生命を表現されていました。
食べることとは、命をいただくことだといいます。
人間の手によってとつぜん命を絶たれた幼い鹿の命。それを食べるということは、その命に感謝をしながら新しい生命を吹き込むことでもあります。齋藤シェフがこの仔鹿に生命を吹き込んだ命は、ほんとうに生きているかのように躍動しながら僕の体の一部になっていきました。
食べるとはこういうことか。食材に命を吹き込むとはこういうことか。
火入れという技術を使った圧倒的な命の表現力に、僕はただただありがたく恐れ入るしかなかったです。改めて料理は素晴らしい、料理人は表現者であるということを見せつけられるような瞬間でした。
僕は、ミシュランガイドの審査に全幅の信頼を置いているわけではありませんが、ミシュランガイドはおそらく齋藤さんのこの表現力に対して二つ星を与えたはずです。もう「見事!」と大きな拍手を贈りたい。
「遠回りしてでも訪れる価値のある素晴らしい料理」とは、人間が生きるために奪った命にふたたび命を吹きむ技術と表現力であったのだ。
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ちなみに、この日のメイン料理は、「厚岸産仔鹿のアロスト、バローロビネガーソース」以外に、「ブルターニュ産乳飲み仔牛のコートレッタ」と「ランド産仔鳩のアロスト、サルサ ぺヴェラーダ」でした。仔牛と仔鳩に、齋藤シェフはどんな命を吹き込むのか。欲張りながらそれも体験してみたいと思いました。
ぜひ季節を変えてまた来てみたいです。
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明日は「Human」です。