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色なき風と月の雲 19(最終話)

あの時のCMが流れてくる季節になった。


結構濃厚なシーンがあるあの映像は、地上波では流せないみたいだけれど街中でポスターが貼ってあったり、雑誌にも載っていたり。予想以上に良い作品になったと思う。

あれから、私達はまた連絡を取るようになった。

今回は慎重に、電話やチャットだけで。直接会うのはやめておこう、という暗黙の了解が二人の間にはあった。

〈おはよう〉

〈おやすみ〉

それだけの日もあったり、でもそれがなんの違和感もなく日常に溶け込んできて、ただ幸せだった。あの時から変わらない好きという気持ちが溢れた。止められなくなりそうで怖くなるくらいに。

お互い仕事が忙しく、電話はたまにしかできなくて、偶然被ったオフの日には1日中喋ったり。電話は繋げたまま、同じ映画を再生した。麗さんの笑い声がかすかに聞こえてきて、隣りにいるような、そんな感じがした。

距離的には会えるし、同じスタジオで撮影していることもあったけれど、やっぱり会っちゃ止められなさそうで。ひたすら我慢。

遠距離恋愛よりももどかしい、まるで塔に閉じ込められたお姫様のような、そんな私達。

相変わらず、付き合っていないというのが私達らしいというか。

お互いタイミングを探りながら、離れていた数年の時間を埋めていった。



ある日、麗さんの自宅に招待された。その日は世にいうホワイトデー、そして麗さんの誕生日だ。

あのCMも、もう放送は終わるだろうしそろそろいいだろうってタイミング。

手元には返せていなかったあのカードキーはあったけれど、今回はきちんとインターホンを鳴らして。

部屋につくと、麗さんに抱きしめられた。今までの人ならば、このまま寝室へ直行していただろう。でも麗さんは違う。

「ようこそ」

そう言って私をエスコートしてくれた。

何度も来ていて見慣れていたはずの部屋だけど、相変わらず綺麗で驚いてしまう。

でもあの時よりは確実に物は増えていて、少しだけど前より明るく見える。真っ黒だったあの部屋が懐かしい。

「これ、どうぞ」

そう言って手土産を渡すと、笑顔で受け取ってキッチンへ消えてゆく。

何となく、外に目をやると懐かしい夜景が広がっていた。ここからも街を一望できる。

「ねぇ、もうご飯食べちゃった?」

「軽く食べてきました」

「そ。じゃあ、食後のデザートにしよう」

そういって冷蔵庫からケーキを取り出す。

「メンバーから貰っちゃって。一人じゃ食べられないんだよねぇ」

箱を開けると、色とりどりのフルーツが並んだ、宝石のようなタルトだった。

「乾杯」

そう言いながら合わせたグラスには、シャンパンのフリしたジンジャーエールが入っている。

「麗さん、お誕生日おめでとうございます」

手土産とは別に持参した物を渡した。

「ありがとう。え?これ何?」

茶色の瓶に入ったそれは、

「チョコレートのお酒です」

ちょっと遅いバレンタインチョコ、的な。

麗さんはお酒に強くないのは知っていたけれど、甘党さんにはぜひ飲んでほしくて。何なら私も一緒に飲めたら、なんていう淡い期待も込めて。

「へぇ、そんな物あるんだね。後で飲んでみようね」



ケーキを食べ終わり、あの頃みたいにシャワーを促される。そして上がると、麗さんは私が持ってきたアイスクリームを食べながらテレビを見ていた。

「おかえり」

あの頃と、何にも変わっていない。

「じゃ、さっきの飲んでいいよ」

そう言われたので用意されていたグラスに注ぐ。とろとろとした、黒い液体はチョコレートそのものに見える。


「いただきます」

初めて飲んだそれは、チョコレートの甘さの中に苦味もあってロックよりは何かで割って飲みたい。

麗さんはお酒に手を付けず、そのままにアイスを口にしている。

「麗さん、飲まないんですか」

「んー、美味しい?」

「甘くて美味しいですよ。チョコそのものみたい。」

「じゃあ貰おうかな」


そう言って麗さんが口にしたのはお酒のグラスではなく、私の唇。

重なる唇からは、麗さんが食べていたアイスの甘みが広がる。

「ん、美味しい」

ぺろりと唇を拭う麗さんは、ほんのり頬が赤くて色気を纏っていた。

美味しいキスと美しさに目を奪われていた私は、しばらく動くことができなかった。


「あの、麗さん」

「ん?」

「好きです」

─言ってしまった。

「ちょっ、え、なんで今?」

慌てたような麗さんが愛おしくて、思わず抱きしめてしまった。


あの頃よりもがっしりした背中は抱き心地が良くて、安心感があった。

「僕から言わせてほしかったな」

そう言ってまた、私達はチョコ味のキスをした。



30歳が目の前に近づいてきた私達。年齢の割に少ない恋愛経験と、なかなか素直になれない性格。そして自由の少ない職業と。真逆かと思いきや似たりよったりで半人前な私達は、二人でやっと一人前になれるだろう。

前回の反省を活かして、今回は早々と交際宣言をすることにした。公式に発表されると、相変わらずネットではすごいスピードで拡散されていく。

賛否両論、あるのはあるけれど。割合的には祝福のほうが多かったように思える。

事務所や麗さんのメンバー達から祝福の言葉を貰えた。

和翔さんと現場が被ったとき、そこには宮河くんもいて二人はニヤニヤしている。

「おめでとう」

「俺らのお陰だね」

何のこと?と思いきや、思い当たる節がある。

「やっぱり、あのCMは仕組まれてたやつですか!」

「だってさー、お互い好きなのは見てればわかるし、もどかしかったんだよ。あと、麗には幸せになってもらいたくて」

優しい顔をして微笑む和翔さんと、

「俺も、紗楽ちゃんには幸せでいてほしくて」

同じように微笑む宮河くん。

二人、結構気が合いそう。

してやられた、と思いつつも感謝しかなくて。本当、私達は周りの人に恵まれている。


いつの間にか私は麗さんの家へ転がり込み、日常になりつつある朝食の香りで目を覚ます。

─実は朝は和食派、という麗さんは

実は料理あんまり好きじゃないんだよね

と言う私の代わりに作ってくれるようになった。


離れている間に、自炊にハマったらしい。身体作りのためにも、外食やデリバリーよりは自分で作って調節できるようになりたかったんだって。

見知らぬ調味料が並ぶキッチンを見ると、今の私よりもちゃんと自炊してそう。

偶に私の作る朝食が食べたくなるようで、そんな日には前日に

「明日の朝は、一緒にご飯作ろ」

そう言ってくるのが可愛くて。


今までお互いに隠してきた実は─な部分をさらけ出すと、割と喧嘩になることもあったけれど

ぶつかり合えるのが嬉しくて、結局好きが大きくなるばかりで

寝て起きて、一緒にご飯を食べればケロッと忘れて仲良しでいられる私達は、多分このまま色々あっても大丈夫だと思う。



夏になり、足元で輝く指輪にキスを落として溶け合った翌朝

私の左手の薬指は、さらに大きく光り輝いていた。



─また、いつかどこかで。麗・紗楽






最後までお読みいただきありがとうございました。
オリジナルのフィクション小説です。

題名を「初めて書いた物語」から「色なき風と月の雲」に変更しました。


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