色なき風と月の雲 7
本業が何か分からなくなるくらい久しぶりの舞台。今回の打ち合わせで演目や配役が発表される。
演目は謎解きミステリー。古くから知られている物語をリメイクしたものだそうだ。
今回、私は2番手くらい、探偵の助手役が充てられた。
今までよりも良い役を貰えたので、少し背筋がのびる。
「とりあえず、これが今後の稽古スケジュールです。みんな調整しておいて」
配られた紙には、舞台までの2か月分のスケジュールが書いてある。今月はまだ余裕がありそうだが、来月は長時間の稽古や深夜練習が入っているので、体調管理をしっかりしなければならない。
良い役を貰えたことは嬉しいが、その分責任も重く、失敗できない。しっかり自主練しなければ。
「今日はこれで解散。おつかれ」
プロデューサー兼監督の声を合図に、全員がおつかれさまでしたと言う。その後は各々台本を読んだり、帰る準備をしたりとバラバラ動く。
ふと時計を見ると、もうすぐ17時をまわるところだった。
─やっば
お先に失礼します、と言ってその場をあとにした。
〈お待たせしてごめんなさい。今終わりました〉
麗さんへメールを送ると、〈○○公園まで来て〉と返ってきた。
急いで向かうと、人気のない公園の側に麗さんの車が停まっている。コンコンと車の窓ガラスを叩くと、助手席に座れと合図された。
「おつかれさま」
笑顔で迎えてくれた。今日も相変わらず黒ずくめだ。
「おつかれさまです」
サッと乗り込み、シートベルトをカチッとはめて横を向くと、こちらに手を伸ばした形で止まっている麗さんと目が合った。サングラス越しでも分かるくらいしゅんとしていた。
「どうかしました?」
「いや、なんでもない」
そう言って麗さんは車を発進させた。
マスクをし、帽子を深く被ると、
「何してんの?」
首を傾げて聞いてくる。
「撮られたら困りますよね。これなら性別も分からないと思うので」
だから今回はいつも以上にメンズライクな服装で来たのだ。
「ふーん」
麗さんは興味なさげに運転している。アイドルが異性と撮られたら大変なことになるのに。なんでこうも無頓着なんだろうか。
ぼーっと外の景色を眺めていると、とあるマンションの駐車場に入っていった。
「着いたよ」
良いマンションは駐車場ですら高級感がある。間接照明で照らされているのは高級車ばかりだ。
「麗さんのお家ですか」
「そうだよ」
予想はしていたけれど、まじか
ぼーっと突っ立っていると、
「ほら、ひとに見られたらヤバいんでしょ」
麗さんは意地悪な顔をしている
「お邪魔します」
開かれた扉から足を踏み入れると、白い床にダークブラウンの壁という高そうな玄関がお出迎えしてくれた。
この広さだけで住めそう。私の部屋と同じくらいはありそうだ。
そのまま奥へ行くと、ドラマなどでよく見るカーテンの無いリビングにたどり着いた。最上階だからか、天井が高い。
─アイドルってこんなに儲かるのか
なんて下世話なことを考えていると、
「グループの曲は一応僕が作曲してるからね」
ほら、と指さされたところにはパソコンやピアノが並んでいる。
広いリビングには殆ど物が無く、生活感が感じられなかった。
「一応ここは作業室で、1つ下の階が家だよ」
最上階は音を気にしなくていいんだよね〜なんて、呑気なことを言っている。
麗さん、とんでもないな。
ピンポーン
突然インターホンが鳴った
「お腹空いたでしょ」
そう言って麗さんは無機質なイスに座るよう促してきた。
机にはデリバリーで運ばれてきた。お寿司やピザ、お肉などが並んでいく。
「自炊しないからいつもこうなんだよね。何が好きか分からなくて、色々頼んじゃった」
まるで大人数でのパーティーかのように並ぶ食べ物の前で、麗さんは子供のように目をキラキラさせている。
「何でも好きです。いただきます」
「あ、ごめん。飲み物出てなかったね」
「私取りに行きますよ。麗さんは何飲みますか?」
「ジンジャーエール。冷蔵庫の扉に入れてると思う」
冷蔵庫を開けると、中身の大半が水とエナジードリンク。固形物が殆どなく、私自身もそんなに自炊しないけれどこれは本当にしない人の冷蔵庫だ。
ふと冷蔵庫の横に目をやると、ダンボールに入ったままのビールが目に入った。
麗さんがCMをしているビールだ。
ジンジャーエールと水のペットボトルを手に持ち、机に向かう。
「麗さん、あのビールは冷やさないんですか?」
普段自分で買うお酒は安いものばかり。あのビールは高い物なので、飲んでみたさで聞いてみた。
「あーあれ、試供品って貰ったやつ。ビールって苦いから。あと、お酒弱いし」
「でもCMに出てるじゃないですか」
「仕事は仕事。
しかも飲んでるふりしかしてないし」
─ビール美味しいのに、勿体ない
そうしているうちに、外からバンバンと大きな音が外から聞こえてきた。
さっきまで夜景が綺麗だった窓からは、大きな花火が咲き乱れている。
周りの建物に邪魔されず、綺麗に見えるベストポジション。
「わぁ、凄い」
毎年地元で開催される花火大会は千発ほどだったが、それとは比べ物にならないくらい豪華だ。
「これが見せたくて」
今日に拘っていた理由はそれか。しかもロマンチスト。可愛い。
「こんな豪華な花火、初めて見ました」
「そりゃあ日本最大級だからね。これが見たくてここに決めたんだ」
花火と、それを眺める麗さんの横顔がとても美しかった。
「夜遅くまですみません。そろそろ帰ります」
「えー、泊まっていかないの?僕は仮眠室で寝るから、下の部屋で休んでいきなよ」
「いえ、それはダメです。帰ります」
麗さんはしゅんとしていて、耳が垂れた犬のようである。
「終電無いでしょ、送っていくよ」
「いえ、タクシーで帰るので大丈夫です」
「だーめ、家まで送り届けるまでがデートです」
─遠足かな?
押しに弱い私は、結局家まで送ってもらってしまった。
「着いたよ」
「本当にありがとうございます。ここまでしていただいて」
「じゃあさ、部屋入っていい?」
「撮られたら困るじゃないですか。ダメです」
「大丈夫だって。こんなところで話してる方が危ないから、ね?」
本当に子犬に見えてきた。
渋々部屋に招き入れると、紙袋を手渡された。ズシリと重いその中には、さっきのビールが数本入っていた。
「飲みたかったんでしょ」
─バレてた
ありがたく頂き、2本だけ冷蔵庫へ。
とりあえずソファに座ってもらう。普段ひとりだとあまり気にならないが、人ひとり増えただけで圧迫感がある。
しかもさっき麗さんの広い部屋にいたから余計に。
「狭い部屋ですみません」
「んー?そう?」
案外気にならないのか。
「何か飲みます?コーヒーくらいしかないですけど」
「さっきのビールは?」
「まだ冷えてないです。しかも麗さん車でしょ。帰らないつもりですか?」
「そのつもりだけど」
「ダメです。しかも私、明日も予定があるんです」
「ちぇっ」
「舌打したって無駄ですよ」
「んー、だったら、今日泊まるか、また来るかの二択なら?」
極端すぎる。しかもまた来るつもりなのかよ
こんな狭い所に。今日の今日泊まるなんて無理だしな
「じゃあ、後者で」
分かりやすく麗さんの顔が緩む。こうやって他の人も落としているのだろうか。
「で、何飲みますか?」
「あんまーいコーヒーなら飲める」
子供か。
自分用にはブラックコーヒー、麗さんの分は少しのコーヒーに泡立てたホットミルクをたっぷり注ぎ、仕上げに蜂蜜をこれでもかってくらいトッピング。
麗さんに手渡すと、萌え袖でマグカップを包んでいる。これはあざとすぎる。
「熱かったですか?」
「だいじょーぶ」
そう言って、恐る恐る口をつける。猫舌なのかな。
麗さんの近くの床に腰を下ろし、コーヒーを口に含む。横を見ると、
「おいひぃ」
そう言いながら、麗さんは甘ったるいコーヒーを飲みきっている。
表舞台ではカッコつけていてクールな印象。俺様系で、一人称も俺なのにお酒が弱くて甘いものが好き。しかもオフモードだとこんなにもふわふわしている。
─麗さんって、その顔を他の人に見せてたりするのかな
聞いてみたくなったけれど、答えが怖くて言葉を飲み込んだ。
「アイドルファンの子の部屋って、こんな感じなんだね」
私の推しコーナーを見て、麗さんが呟く。
「私は少ない方だと思いますよ。壁や天井にポスターを貼っている人や、部屋をメンバーカラーで統一している人もいますよ」
並べてあるグッズをマジマジと見つめられ、少し恥ずかしくなる。
「ふーん、こういうグループが好きなのか。僕らのグッズは入れてくれないの?」
この間の団扇は仕舞ってある、というか麗さんが来る可能性を考えて隠したのである。
「この間は友達に誘われて行っただけですから」
「あのときは和翔の団扇持ってたのに?」
見えてたのか。
「あー、あれは友達がくれたんです。なので」
「まぁいいや。そろそろ帰る」
表情が見えないので、
何を考えているのかよくわからない。
「コーヒーごちそうさま。もうここでいいよ」
下まで送ろうとすると、玄関で制された。
「今日はありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」
麗さんは片手を上げて、振り返らずに帰っていった。
オリジナルのフィクション小説です。
題名を「初めて書いた物語」から「色なき風と月の雲」に変更しました。
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