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はははの話/だめにんげん


 わたし(えりぱんなつこ)が、胃痛から仕事を辞めて、田舎に住む祖母と母と暮らしていたときの話を書いています。




 「便所に行きたい」



ベッドで横になっている祖母がそう言ったとき、わたしはスマホでゲームをしていた。あー、いいところだけどしょうがないか。そう思いつつも、スマホから目を離せないでいた。


 母が料理をしたり、お客さんが来ていたりと手が離せないときは、わたしがトイレについて行くようにしていた。


 祖母が勢いもなく、立ち上がる。わたしは祖母の方へと体だけ向け、支えている風にして片手を伸ばす。もう片方の手ではスマホをいじり、視界の隅っこで祖母の姿を捉えているだけ。順調に数歩進み続けたかに見えた瞬間、祖母の体は急に揺れた。ぐりん。そのまま倒れていくのがわかった。


あっ


とっさにスマホから目を離したものの、祖母を助けるには遅かった。祖母が倒れ込んだのは出入口ドアから逸れた本棚の前で、出発したベッドとの距離は2メートルもないだろう。本棚の前には畳まれた母の布団、そして本棚には、こたつテーブルの板が立て掛けられていた。角が丸くなっている板ではあったが、祖母はごつんと頭をぶつけた。

わたしの心臓がドキッとした。
祖母は体を丸め、一度ううっと唸った。
まさか転ぶなんて。まさか頭をぶつけるなんて。

そうはならないだろう、と勝手に決めつけていただけだった。
痛みなのか、転んだ衝撃に驚いているのか、祖母は横たわったまま立とうとしない。
「おばあちゃん!!!!!大丈夫!?!?」
わたしは一大事だと駆け寄り、頭をさすった。
「もう少しこのまま休もうか!?」
目を瞑った祖母はこくんと頷き、体をエビのように少し丸めていた。横たわる祖母は痛々しくて弱々しい。

どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。

わたしはどうしようもなくて、立ち尽くしたまま祖母を見ていた。打ち所が悪くて、体調が急変してしまったらどうしよう。どこか骨折していたらどうしよう。おろおろするばかりだ。祖母の体はわたしとはあまりにも違いすぎている。血管の浮いている手。筋肉があまりないような、皮がたるんでいる太もも。わたしが頭をぶつけたり、おしりを打ったりするのとは訳が違う。

どっどっどっ どど と心臓がうるさく動く。
たった1回の不注意で、大きな事故につながるかもしれない。大丈夫だろうとゲームに気を取られるなんて、馬鹿野郎すぎる。わたしは子どものままの自分が恥ずかしくなった。

おばあちゃんごめんね。痛かったよね。
どこもおかしくなっていませんように。
大丈夫でありますように。
神様仏様、御先祖様、どうかお願いします。
恥ずかしげもなく真剣に祈った。

わたしはいっつもこうだ。働いたって役に立たないし、どこにいても何もできないんだ。最終的に胃痛で仕事を辞めた自分が情けなくなる。今も本当は、人より自分の心配をしているんでしょ。どうなの?負の感情がグツグツしている。


 母に怒られるだろうとびくびくしていたわたしは、何も言われなくて拍子抜けした。母の目からは、わたしへの呆れや軽蔑が感じられて、叱られたほうがマシだと思った。ハマるといっても一過性のもので、なんのゲームをしていたのか今やさっぱり覚えていないくらいのものだったのに。母はわたしの甘さを見抜いていたのだろう。今回は大事にはならなかったけれど、もしかしていたら…。何のためにわたしがいるのだろう。涙が出るが、本当に泣きたいのは祖母のはずだ。もう二度とこんなことはしたくない。母からの信頼を取り戻したい。


わたしはすぐにスマホからゲームアプリを消した。命を守るってこういうことか。数年続いていく祖母と母との生活の中で、責任感が生まれた日だった。


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えりぱんなつこ
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