
果てしなくて一瞬―恩田陸『夜のピクニック』
高校3年生、最後の歩行祭にのぞむ甲田貴子は、心の中で一人、ある賭けをしている。それは、同じクラスの西脇融に話しかけること。クラスメイトも担任も、ほとんど誰も知らないけれど、二人は融の父の浮気によって生まれた異母きょうだいなのだった。互いに関わろうとせず、静かに避けあってきた二人。きっと卒業したらそれきり。けれどもし賭けに勝ったら、面と向かって話そうと決めている。自分たちの今と今までについて。
自分でも勝ちたいのかどうかわからないその賭けを胸に、貴子の最後の歩行祭が始まる――。
* * *
物語は、貴子と融の視点で交互にしながら、歩行祭の始めから終わりまでを描く。視点の切り替えはあるが章分けはされておらず、時間の途切れなく描写し続けることでひたすら歩き続ける歩行祭を文章で再現している。読み進めるうちに、きっと生徒達と同じように余計な思考がそぎ落とされ、トランス状態へと導かれるだろう。
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みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。
どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。
アメリカへと越してしまった友人の言葉を思い返しながら、貴子は歩行祭の意義について考える。二日間、ただ歩くだけ、ひたすら疲れるだけ。なのにどうして、最後まで絶対に歩ききりたいと思うのだろう。
今まさにその行程を行きながら、歩行祭の実感を得られない。得られないまま終わってしまうのかもしれない。そのことに焦燥を覚える。
けれどそれは、どうやら貴子だけではない。大人びて見える融も、飄々とした忍も、完璧な美和子も、おっとりしている千秋も……みんなどこかで、ままならなさを感じている。周りはみんな上手くやっているのに、自分だけがひどく不器用に思える。何か物足りなくて、大事なことを取り損ねていて、これでいいんだろうかと、いつも間違っているような気がして。
ちゃんと青春してた高校生なんて、どのくらいいるのかなあ。
歩行祭という非日常で、ひたすら左右の足を踏み出し続ける単純作業を繰り返し、蓄積する疲労に取り繕う余裕もなくなって、彼らはぽつりぽつりと、今まで秘めていた本音を語り出す――。
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まっただ中にいる時はいつだって見えない。今抱えているこの迷いや苦しみこそ、夢想していた青春そのものなのだということ。
ゴールが見えてきてから、ようやく気づく。どれほど遠く果てしなく思えても、歩き始めればいつか必ず終わってしまうこと。この時が、人生の中の限られた瞬間であること。だからこそ、そこに尊さが宿ること。
果てしなくて刹那の、愛おしい道程の物語。
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