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歪なラブソング。

 

月が変わり、植物達は静寂を貫きながらも季節の移り変わりを伝えているが、どこか哀を演じているように感じた早朝5時前。

仕事に行く為ボロ小屋を出て、鍵が押し込まれたまま外に投げ捨てるように雨晒しで止めてある自転車に乗ろうとした所、ここ数ヶ月ずっと情緒不安定な空は朝が来る事に愁いを感じ嘆いたかのように私と世間を濡らし始めた。ただそんな事に構っているほど私は繊細な人間では無く、時間に余裕はあったが先を急いだ。

自転車で100m程走行した頃だろうか、私の脳か耳もしくは両方がいかれたのか、はたまた工事の音なのか、外耳を劈き鼓膜を掻き毟るような一定の音程の歪な音が脳裏にまで響いた。不意に早朝5時前からの工事は考えにくいと思ったのも束の間、その音の主が判明した。

一匹の蝉だ。

その蝉が誰の為に歌うのか、それともこの歌が聴こえるもの全てに向けて歌うのか、この歪な音に惹かれる本来のまだ見ぬ相手の為に 歪なラブソング を奏でているのだろうか。

思い返せば私自身が気に留めていなかっただけで、7月上旬頃から少しずつ蝉達は音を奏でていた気がする。蝉は羽化してから1〜2カ月と以外と長生きするらしいが、

七月上旬に音を奏でていた蝉はもう生きていないかも知れない.....。

今何も考えずに通り過ぎた道で潰れていた死骸はその蝉かもしれない.....。

もしくは今も自由気ままに、誰のモノでも無い想いを奏でて虚空を舞っているのかもしれない....。

そんな事を思い巡らせていると鼓動が早くなり熱を帯びた胸が強く締め付けられ毟り取られるるような感覚になり、熱は蝉が成虫に変化するように涙に姿を変え頬を伝い、薄汚れた地に私と世間を濡らす空の嘆きと共に滲んでいった。

蝉の歪なラブソングが一番届いたのは私なのかもしれない。

そして例年より控えめな気がするが煩わしく、季節の訪れと流れを私に伝えてくれていた。

八月、嘆いたと思ったら狂気さえも感じるくらいに晴れ渡り、束の間の嘆きで私と世間を濡らす予測がつかない嘆きの遺灰でも撒き散らしたような情緒不安定な空の下、全てを焼き付けて全てを焼き尽くすような夏が、歪なラブソングと共に幕を開け始めた。

 



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