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ことあるたびに心のミゾは深まる

夏目漱石の『道草』での印象的な場面。

主人公の夫婦はなにかとすれ違ってばかり。
ある日、
夫は家計のやりくりに苦労する妻を助けるため、仕事に精を出し、新たな金を作り妻に渡します。
しかし、

『その時細君は別に嬉しい顔もしなかった』

妻は内心思う
『もし夫が優しい言葉に添えて、それを渡してくれたなら、きっと嬉しい顔をする事ができただろうに』

一方、夫は
『もし細君が嬉しそうにそれを受け取ってくれたら優しい言葉もかけられたろうに』


先日、友人夫婦に起こった出来事。

妻の誕生日に夫がサプライズでプレゼント。
しかし、妻はそれを玄関に置いたまま、
開けてもいなかったことで、夫が怒ったそう。

プレゼントの内容は”ティファールのお鍋"
なかなか良いプレゼントだと思うのですが、
妻は、『これはサプライズじゃない』と。
だから嬉しいとも思わず、放置した。

夫は傷ついただろうなぁ…
と、同情もするけれど、
妻曰く
『だったら、
”一緒に選びに行こう”って誘って欲しい』
それには深く共感もした。

我が家も他人事ではないからだ。

”察して”
の精神は損をする。

互いがかたくなに相手に期待し、要求するだけで
自分を省みるゆとりと思いやりがなかったら、
ことあるたびに心のミゾは深まる。

それは、夫婦に限らずあらゆる人間関係にも通じることです。

身近な人にこそ感謝を
その、ほんの少しの勇気で
人生は豊かになっていくのでしょうね。



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