【23】「立体物」としての本の楽しみを味わわせてくれるブックデザイン――本書のデザイナーさんに取材してきた
本書の発売から約2カ月。いただくご感想を拝見していると、これまでわたしが書いた本の中でダントツに、デザインに言及される方が多いことに気づきました。イラストのよさはもちろん、「カバーの色、いいですね!」「しおりひもの色が好き」などなど。
(主に出版業界の人から)ここはどうしてこうしたの?と聞かれることもあるのですが、著者のわたしはデザイナーさんと直接やりとりしないので、一つ一つの意図は知らないまま今にいたっていました。
そこで、お礼かたがた取材に行ってまいりました。本書の編集者さんにご中継をいただき、デザイナーさんのもとへ。
本書のデザインをしてくださったのは「albireo」の草刈睦子(くさかり・むつこ)さん。albireo(アルビレオ)は出版業界で大人気の、ブックデザインの会社です。
カバーの緑色のわけ
まずはカバーの緑色について。わたしはデザイン案を見た瞬間に、「これでしょ!」と思いました。ウガンダのイメージにもぴったりです。決定したあとにそれを本書の主人公である仲本千津さんに伝えたら、すぐさま歓喜の返事が戻ってきました(詳しくはこちらに)。
時を少し巻き戻します。デザインの検討が始まったばかりのころ。「カバーはシンプルにして、本を開くと鮮やかな色が現れる」というコンセプトでいく、と聞いていました。
いいじゃないですか! RICCI EVERYDAYのこの商品が頭に浮かびました。
外側はシックな一色なんだけど、開けるとびっくりするほどの色の洪水。このコンセプトに、わたしは大賛成でした。
でも、メインイラストが完成してみると、色鮮やかなバッグがたくさん描かれていて、イラスト自体に色数があります。これでカバーの地色も強い色にすると、当初のコンセプトは崩れてしまう。それでもこの緑を選んだ理由を、草刈さんはこう話してくれました。
「まずはなによりも、小幡彩貴さんの描かれたメインイラストが生きる色に。緑の色味はあまり迷うことなく、すとんとこれに落ち着きました。落ち着いた深い緑でもなく、キラキラした明るい緑でもなく」
わたしはできあがった案を見て「デザイナーさんはアフリカの自然をイメージしたのかな」と想像していましたが、そういうわけではなかったようです。たしかに、メインイラストにも帯にもさまざまな色があふれているんですけど、この緑はそれらを邪魔することなく、でも強い印象で全体をくいっとまとめてくれています。
メインタイトルのフォントのわけ
葉っぱみたいな印象があり、アフリカの自然をイメージさせるメインタイトルのフォントも、このカバーの個性として一役買っています。
草刈さんいわく、「フォントはモリサワの『ココン』です。小・中学生にも身構えずに手にとってもらえるように、やわらかい印象にしたかったんですよね。タイトルの文字数も多かったので、明朝やゴシックはちょっと違うな、と」とのこと。
たしかに……メインタイトルもサブタイトルも長いんですよねこの本。これでがっちりゴシック系だったら、「押し出しの強い女性創業者の、ビジネス成功ストーリー」みたいな顔の本になっていたかもしれない。
見返しのアフリカンプリントのわけ
「見返し」ってご存じでしょうか。表紙の内側に貼り、表紙の厚紙と本文用紙の束をつなげる役割をする、本にとっては欠かせないパーツです。
風合いのある厚手の色紙(ファンシーペーパー)を使うことが多いのですが、本書はなんと、アフリカンプリント(アフリカ布)がフルカラーで印刷されています。贅沢! コストのかかることなのに、GOの決断をしてくださった出版社さんに感謝しています。
その見返しをめくると、裏はクラフト紙。ざくっとした印象のクラフト紙とコットンプリントのアフリカ布とが表裏をなし、世界観がみごとに統一されています。くうう、心憎い。
さて、ここからはますますマニアックになっていきますよ。
このクラフト紙は「クラフトペーパー・デュプレN」。クラフト紙なのに、さわりごこちは実になめらか。しかもこれ、表面は白く塗ってあるんです。つまり、紙自体がインクを吸ってしまったり、地色のうす茶に影響されたりすることなく、出したいと思う色が印刷できる。
ゆえに印刷の再現性はとても高く、それが「もしかして、布がそのまま貼られてる?」という楽しい勘違いを引き起こします。それでいて、裏面の「クラフト紙らしいラフな印象」はちゃんと残されている。いやー、こんな紙があったとは知らなかった。
表紙の柄のわけ
わたしが完成した本を初めて見たとき、本は出版社さんの会議室の本棚に展示されていました。目線よりやや下の位置でした。
まず目に入ったのは、緑のカバー。次に目についたのは、そのカバーに包まれながらも異彩を放つ、表紙の紋様でした。なにこの呪術的な、アフリカンな感じ。
本を作る仕事をしている人は、できたての本を見るとまずやってしまうことがあります。それは、カバーをとって、中の表紙を見ること。
表紙がどんなデザインか、どんな紙を使っているか、気になっちゃうんですよね。ぱっと見には見えないところにどれだけ神経が行き届いた本なのか、知りたいんです。
書店で本のカバー外して表紙をしげしげ眺めている人がいたら、それはほぼ出版業界の人間だと思って間違いありません。たぶん、カバーを傷めないよう、大事に大事に扱っているはずです。
児童書は書店だけでなく図書館にもよく配架されるので、カバーは外されるものという前提で、カバーと表紙をあえて同じデザインにすることも多いのですが、本書は、カバーと表紙はまったく違うデザインです。
さて、この本はカバーを外すと、アフリカンプリントが全面に印刷されています。ベージュの紙に、茶の一色印刷。力強い線なんだけど、一色になるとちょっと洗練された感じにもなります。
アメリカ在住のライターさんからは、「アメリカの日記帳もこういうデザインのものが多くて、私はカバーをはずしてこの表紙で持ち歩いていました」というご感想をいただいていました。
本って、いろんな角度で、いろんな状態で目に入ったり、持ち歩いたりするものですよね。カバーをはずして持ち歩くもよし、斜め上や斜め下から見たときに、あっけらかんと明るい緑のカバーの下に、力強い紋様が見えることにはっとすることもある。
単に「平面の紙を綴じたもの」ではなく、「立体物」としての本をぞんぶんに味わわせてくれるブックデザインだな、と舌を巻きました。
しおりひものオレンジ色のわけ
本書には、びっくりするほどあざやかなオレンジ色のしおりひも(業界用語では「スピン」と呼ばれます)がついています。このオレンジがまた好評で。わざわざ「しおりのオレンジが素敵です」と言ってくださった人はひとりふたりではありません。
偶然、仲本さんが、予約販売の申し込みをしてくださったお客様へ送るときに同封するメッセージカードも、ほとんど同じ、あざやかなオレンジ色でした。オレンジは緑の補色ですものね。
一般的には、ブックデザインにおいてキーカラーやメインビジュアル以外の色数は抑えるもの。たとえばこの本だったら、しおりの色を選ぶときにはカバーの緑とか表紙の茶色とか、その同系色を選ぶのがふつうです。
でも、デザイナーの草刈さんはここで、まったく別の強い色を使った。その意図を聞いてみると……
「この本の口絵扉にあるバッグのオレンジが印象に残っていたんです。それに、アフリカンプリントはいろんな色をいっぺんに使いますよね。だから、色数を抑える方向ではなく、むしろその遊び心を踏襲するようにさまざまな色を使ってみたんです」
ぱっきりした緑に、茶色の紋様に、フルカラーのアフリカンプリントに、クラフト紙に、鮮やかなオレンジのしおり。たしかに遊び心にあふれています。しかもそれが、てんでばらばらに個性を主張するのではなく、ひとまとまりの世界を作っている。
ブックデザインの魔術、おそるべし。素敵なデザイナーさんにめぐりあえて、この本は幸せです。
(【23】終わり)
『アフリカで、バッグの会社はじめました――“寄り道多め”仲本千津の進んできた道』
著者:江口絵理
定価:1,500円+税=1,650円
出版社:さ・え・ら書房
刊行:2023年6月30日
基本情報、購入リンク、最新情報はこちら(↓)から!
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