伝統と革新の融合~デジタル捺染がつないだ御柱祭への想い~
澄み渡る真夏の空。自然に囲まれた長野県諏訪郡富士見町の富士見事業所。周囲の緑と調和する法被姿の横列。
これまで、9着で一つの絵となる法被姿の役員を見たことがあっただろうか。
なぜ、このような独創的な法被が作られたのか。
2022年、富士見神社御柱祭用に作られたオリジナル法被の誕生秘話に迫った。
こちらは、社内報記事の転載です。
※記載内容は2022年9月公開時点のものです
「御柱祭」は七年目毎に一度の神事
「御柱祭」(式年造営御柱大祭)は社殿の造営行事と御柱の曳建行事とに分かれているが、一般にいう「御柱祭」とは、七年目毎に太木を四社社殿の四隅に曳建を行う行事のこと。「山出し」「里曳き」「建て御柱」という三つのクライマックスをもって成る(1986年4月社内報より)。
「御柱祭」は総本社である諏訪大社をはじめ全国に1万余ある諏訪神社で執り行われる。その一つが富士見事業所内にある「富士見神社」だ。2022年7月30日、参加者を制限する中で神事が執り行われた。
諏訪の誇り高き伝統文化を守りたい
1200年以上も連綿と受け継がれてきた御柱祭は、諏訪の誇り高き伝統文化だ。それに恥じぬよう富士見事業所の皆さんも守り続けてきた。七年目毎に事業所内で行われる「里曳き」「建て御柱」は従業員とその家族も参加し、一大イベントとなっていた。
感染拡大が続くコロナにより、古から続く伝統文化にも大きな影を落とした。4月に開幕した諏訪大社では一部祭事が中止に。大総代の一人は「コロナに負けた」と涙をぬぐった。富士見神社も例外ではなかった。伝統を途絶えさせまいと富士見神社大総代の木口浩史さんをはじめ関係者の皆さんが奮闘した。
そんな姿に心を動かされた人たちがいた。プリンティングソリューションズ事業の関係者だ。
いまこそ、
デジタル捺染ならではの強みを生かすとき
「盛大にやりたいが規模は縮小せざるを得ない。せめてオリジナルの法被を作れたら…」
7月2日、御柱祭開催に向けた会議で、総務部の担当者がソリューションセンター富士見のメンバーに苦しい心の内を打ち明けた。その日のうちにセンターを管轄するP商業・産業企画設計部 部長 佐々木恒之さんは法被制作を決断し、P商業・産業事業部 事業部長 五十嵐人志さんに報告。「よし。法被を作ろう」と五十嵐さんの後押しを受けて動きだした。その時点で、開催1カ月を切っていた。
「ソリューションセンター富士見で印刷はできる。問題は仕立てだ」
印刷を担うことになったP商業・産業企画設計部 課長 園山卓也さんからこう告げられたP企画設計部 課長 守屋英邦さん。7月3日、法被制作を手がける長野県茅野市のこかい呉服店に「法被の仕立てできますか」と相談した。社長の小海一志さんは「うん、可能だ。背中と前と袖口の生地を用意してくれれば、仕立てはそれほど大変ではない」。納期はどのくらいかと尋ねたら、急遽仕事を入れることになるので「3週間は欲しい」。つまり、6日後の7月9日までにデザインを決定し、印刷しなければならないということだった。
テキスタイル業界において、新しいデザインを起こし、そのデザインが施された生地を6日間という短期間で用意することは極めて異例なこと。デジタル捺染であれば、納期を守ることができる。強みを発揮する絶好の機会だった。
法被のデザインに込められた「意味」
法被のデザインを手がけたPデザイン部 課長 柳澤健司さんは、
「デジタル捺染ならではの強みは短納期だけではありません。鮮やかで高精細な印刷も強みですし、1品ものから作れることも挙げられます。そこで1枚1枚デザインが違う法被に挑戦してみようと考えました。ただし、単に違うデザインだと面白くありません。そこで、気持ちを高揚させるお祭りの法被らしさを残しつつ、今まで見たことのない法被デザインに挑戦したかったのです。法被独特の首から腰まで長く伸びた衿と衿文字を際立たせ、背中や表は法被を並べると一枚の絵になるようにデザインしました」
一枚の絵に、さまざまなメッセージを込めたと柳澤さんは語る。
「まず役員の皆さんのチームワークや団結力を示しています。その表現手法として自然豊かな森林の写真を用いました。これは自然に囲まれた富士見事業所やソリューションセンター富士見を表現しているとともに、環境に優しいデジタル捺染の特長を表しているのです」
さらに「今回の法被は顔料インクで印刷しています。アナログ捺染に対して作業工程が少なく環境負荷が低いというメリットに加えて、染料インクでは必要だった蒸し・洗いといった加工が不要です。つまり、より環境負荷の低い製法で作られています。そして法被の素材は自然から授かった綿です。自然から生まれた素材に、エプソンの技術を用いて、森林の風景を「憑依」させる(森林の写真を印刷する)。それをまとい、富士見という豊かな自然の中を歩く。まるで風景と溶け合うように。自然とのつながりが強くなることで、次第に心が満たされていくと考えました」
法被は、試行錯誤しながらも7月25日に完成し、富士見事業所ロビーに展示。プリンティングソリューションズ関係者は胸を撫で下ろした。そして7月30日、御柱祭りは無事に執り行われた。
テキスタイルって、
楽しくさせる力を持っている
後日、柳澤さんと守屋さんに感想を伺った。
柳澤さんは「役員から、いいアイディアだと言っていただけた」と手ごたえを感じていた。また「紙の上でしか表現(プリント)できなかったものが生地にもできるようになり、法被のように立体になると世界が広がりますね。表現の自由度が広がったことで、これまでと違う新しいものが生まれる予感はします」
守屋さんは「今回の法被のように、いいデザインを見ると、単純に感動しますよね。すごく感化させられる。そこに携われたというだけでも、やる気が湧いてくる。“デザインが仕事の質を高める” ともいえるかもしれません。少なくとも、わたしの周りのメンバーはそうでした。そして、テキスタイルって、印刷の仕事を楽しくさせる力を持っていますよね」
法被づくりは今回の御柱祭に留まらない。
9月上旬の五十嵐さんのパキスタン訪問に合わせて、袖口にパキスタンの民族衣装の柄を取り入れた法被が制作された。背中には「平和」の文字が。地球環境の改善や世界中の人々が望むことを考えたときに「peace(平和)」になったとのこと。法被を着て自然に溶け込み、こころ豊かに。法被でハッピーに。
デジタル捺染を通じて世界を変えていく挑戦は続く。