お金はベクトル。流れてこそ、個人も会社も国も豊かになる
「給与の上がる見込みがない。年金支給開始年齢が上がるわ、長生きするわで、老後の貯蓄不足が不安。」
「日本経済の停滞。脱却のアイデアがない。」
「インフレ率はいまだに低いままで、経済が上向く様子が見えない。」
新聞のヘッドラインで常に見かける話題ではないだろうか。経済も家計も全て不安で、個人も国もどうしたらいいのかわからないという匂いがプンプンしてくるのを、私はシンガポールという外側から冷静に観察している状態なのだ。
私は経済や財務に関しては素人であるのだが、明確に言えることがいくつかあるので、ここにまとめてみた。どうすれば個人の経済的不安がなくなり、日本の経済が上向くのかという提言としてまとめたつもりである。
「貧しさ」と「豊かさ」の差はどこから来るのか?
個人単位で考えてみよう。貧しく苦しい生活というのは、収入が少なく、節約しなければならない状態。逆に豊かな生活とは、収入が多く、贅沢品などにたくさんお金を使える状態。
収支がプラスに大きく振れていることが、豊かさの指標ではない。夫婦と子ども二人で世帯年収が200万円なら、預貯金に回せる額はゼロであろう。つまり収支がゼロだ。同じ世帯構成で年収2000万円であっても、支出を200万円に押させて、年間800万円を貯蓄にまわすとする。これは切り詰めた生活であり、決して豊かだとは言えない。豊かな生活とは、消費や貯蓄と投資に2000万円を自由に使えるということだ。
豊かさとは、ベクトルとしてのお金の流れの総量なのだ。スカラー量として存在するお金の総額ではない。
会社という単位ではどうか。業績が低迷している会社とは、収入が少なく、従って経費節減を徹底しなければならない状態。逆に業績が伸びている会社は、収入が多いため、新しい事業や既存事業の拡大などにどんどん投資でき、その結果より収入が増えていく状態。
では国単位ではどうか。国民もその国に存在する会社も収入が増える。従って地方自治体や政府の税収が増える。すると自治体も政府も、市民や国民のための公共事業や社会福祉などのために、もっとお金を使えるようになる。すると、移民や出生率の上昇で人口が増える。あるいは会社が他の国や地域から移転してくる。職が増える。良いことづくめだ。
個人も会社も国も、収入と支出の両方が増えていくのが経済的に良い状態だ。豊かさとは、お金をたくさん稼いで、たくさん使える状態のことだ。つまりベクトルとしての流れの総量が多い状態。それは流れる額と流れる回数で決まる。
流れていないお金は、その機能を果たしていない。預貯金はまだしも、金庫やタンスに眠っている現金は、どれだけ総額が大きくても価値がない。*お金は人から人へ渡る瞬間にのみ、その価値を発揮する。自分の手元にある状態は、ただの紙と金属なのである。しかし日本国民の多くが、この経済の原則を理解できていないために、1800兆円の個人金融資産の約半分が預貯金で、しかもそのうちの約50兆円がタンス預金なのではないだろうか。
タンスで眠っているお金に価値がないわけ
極端な例を考えてみよう。今現在、銀行もクレジットカードも存在しない状態を想像してほしい。ましてやデジタルペイなんて当然存在しない。国民全員が、お金を現金で家に置いている。会社の資金は金庫の中だ。買い物での支払いは現金。買い物客からお店に渡った売上金は金庫で眠らせる。その現金を使って仕入れをする。給与手渡し支給だ。決済や給与受領の瞬間以外、現金は常に誰かの手元にあるわけだ。つまり現金はほぼ常に誰かに「所持」されており、ほとんど滞留しているわけだ。ほとんど流れていないと考えられるであろう。
銀行に預けるのもベストではない
銀行の本来の役割は、これら個人や会社がタンスや金庫で眠らせている「滞留しているお金」を、「今、この瞬間」必要としている人を見つけて、そこへ「流す」ことだ。つまり預金を集めて、融資をすることだ。一昔前は銀行が社会の中でお金を流す役割の大部分を担っていた。
しかし近年の銀行の経営は苦しい。預金金利もゼロに限りなく近いし、手数料も高くなっている。つまり銀行は収入も減ってきているし、支出も減ってきている。豊かさの代表としての銀行から、貧しい方向へ向かっているのが銀行業界ではないだろうか。こういう状態において、新たな投資先を次々と見つけてお金を流すという、経済の大動脈の役割はすでに果たせていない。
経済全体で考えれば、銀行に預けてあるお金は、タンス預金よりも「ややマシ」程度なのである。
投資の効果
もっとお金を流して、経済全体を上向けるには何をすればいいのか。それは銀行に預けるのではなく、投資である。人々が豊かになることに貢献する事業をする人にあなたのお金を預け、自由に使ってもらうことだ。思い出してほしい。お金は決済に必要な瞬間以外は価値がないのだ。あなたの預金残高が1000万円であるとしよう。これを金庫や銀行で一年間眠らせておくのではなく、誰かの事業に使ってもらって、給与や原料購入、売上など、お金に動いてもらうのだ。一年間でベクトルの総額は1億円以上にはなるであろう。ここでおわかりであろうか。ベクトルとはつまりキャッシュフローのことだ。
これは株や債券を買うこと、つまり投資をするということだ。事業が黒字ならば、株の値段は上がるし、配当も出るだろう。債券には利息がついてくる。
このような投資による配当や利息の収入は、インフレ率よりも高いのが普通だ。だから、投資をしている人のお金は実質的に増えていくのだ。配当2%の利回りで30年間投資したとすると、これだけで元の金額の1.8倍になる。しかも、皆がこういうことをすれば、その株価も上がっていくのが普通だ。株価も需要と供給で決まる。
個人も企業も、収支と貸借対照表だけでなく、お金の流れを増やすことに注力すべきなのだ。これがキャッシュフローが企業会計にとって重要であることの意味であり、これは個人レベルでも国や自治体レベルでも同じである。安倍内閣は増税と福祉や防衛費の増額の方向であるから、経済回復のためには正しい手法なのだが、どうやら多くのマスコミや野党諸氏がこの基本をわかっていないのが残念な限りである。
デジタル金融の時代
個人が株式や債券に投資することはインターネットが普及してから、すごく簡単になった。さらに今では、kickstarterなど、株式市場を通さず、個人が自由意志で、不特定多数の個人から融資を集められるようにもなっている。お金の流れも、もはや銀行やクレジットカードである必要がなくなりつつある。いわゆるスマホ支払いだ。つまりお金が瞬間的に世界中を動くようになっている。豊かさの根源はキャッシュフローというベクトル量であるから、デジタル金融やkickstarterのような「あたらしい市場」は世界経済にとってプラスになる。世界は経済として一つにつながっているのは紛れもない事実なのだ。
経済状態は他国と比べて初めて意味がある
「日本の経済は停滞している」とは言うけれど、日本国内で生活をしているとなかなか実感がわかないという意見が大半のようである。そりゃそうだろう。良いものが安く手に入る。新しいアミューズメント施設やショッピングセンターも次から次へとオープンする。鉄道も何もかもがどんどんと便利になってくる。給料はほとんど上がらないけれど、物の値段が安くなっているから実感として困っていない。これはデフレ状態だ。
最初に取り上げた、貧しさと豊かさの比較に戻ってみよう。豊かな個人が増えてくれば、多くの物が売れるようになる。そうすると物が足りなくなってくる。値引きをしなくても物が売れるようになってくる。さらには値上げをしても物は売れ続ける。そうすれば会社の収入は上がり、そこの社員の給与もいずれは上がる。だから、より高価な物を買う人が増える。もっともっと物が売れるようになる。
物の値段も給与も上昇していくということは、逆に考えれば現金の価値が下がっていくことだ。千円で買えていた一本の日本酒が、1年後には1040円になったとしよう。物価上昇は4%だ。逆に考えれば現金の価値は4%下がったことになる。これがインフレだ。お金の価値がどんどん下がるから、お金の状態で置いておくのは損なのだ。だから物に変えたり投資をして、お金を眠らせておかないようにするようになる。そうすれば国の中でもっともっとお金が流れるようになって、経済にとってプラスの効果がどんどん増してくるわけだ。
シンガポールと日本を比較して見ると面白い。
私は家族とともに2012年より、シンガポールに住んでいる。給与はシンガポールドルだ。ここはとにかく物価が高い。たまに東京へ行くと、私のシンガポールドルの感覚からは、外食でも家電製品でもエレクトロニクスでも、とにかくなんでも安い。シンガポール人は日本にバケーションに行って、安く買い物をして喜んで帰ってくるのだ。
私の親が初めて海外旅行をしたのが約30年前のシンガポールであった。当時の日本からのシンガポール旅行は、いわゆるブランド物のショッピング目当てが主流であった。物が安かったからだ。
過去30年を大ざっぱに見てみると、日本の平均インフレ率は0%、シンガポールは約3%だ。つまり、シンガポールの物価と国民の所得は、過去30年で2.4倍になった。その間の日本の物価と国民の所得は変化がない。30年前、日本からシンガポールに行って「物が安い」と思っていたのが、今やシンガポールから日本を見て「物が安い」というカラクリは、インフレ率の違いそのものなのだ。為替レートではない。これが、インフレ率が他の国に比べて低い、つまり経済が成長しないことのデメリットであり、経済状態は、他国と比べて初めて意味がある、ということなのだ。
個人も、会社も、国もが豊かになるカギは、お金を滞留させずに流れるようにすることだ。個人も会社も国もがここに注力する必要がある。
Disclaimer:ここでは本題でないので、投資についてのリスクについては、詳しく触れないが、私の基本は世界株式インデックスなどでの分散投資と長期保有である。基本はインフレ率より上を目指すという姿勢だ。個別株や短期で儲けを狙うのは賭け事と同じである。
なお、これは以前に書いた、「あなたが手助けできる日本の経済成長」を、視点を変えて書いてみたものです。
Photo credits go to:
Dick Thomas Johnson(Tokyo Stock Exchange)
Ray in Manila(Singapore Marina Bay, Financial District and Singapore River)
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