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ザ・キラー(2023) ボンドになれなくとも。

 デヴィッド・フィンチャー監督が手がけたNetflixオリジナル作品。ベネチア国際映画祭にも出品されている。クールで孤高な殺し屋がミスを犯したことから人生が一変。世界を股にかけ愛する者のため自分のために奔走する。派手さを抑えた007のような作品で、より一層渋い仕上がりになっているところが個人的にツボだった。

あらすじ

とあるニアミスによって運命が大きく転換し、岐路に立たされた暗殺者の男が、雇い主や自分自身にも抗いながら、世界を舞台に追跡劇を繰り広げる。
 アレクシス・ノレントによる同名グラフィックノベルを原作に、「セブン」のアンドリュー・ケビン・ウォーカーが脚本を手がけた。撮影は「Mank マンク」でアカデミー撮影賞を受賞したエリック・メッサーシュミット。音楽を「ソーシャル・ネットワーク」以降のフィンチャー作品に欠かせないトレント・レズナー&アティカス・ロスが担当した。

映画.com

〈感想〉

※以下ネタバレを含みます※

 淡々としたモノローグ(主人公の心の声)を中心に話が進む。ドクターXの米倉涼子ばりに「俺失敗しないので」感を出している殺し屋の男。心の中で自分なりの仕事の美学なんか語っちゃって孤高のカリスマ感がすごい。映画冒頭で独自の哲学を展開するシーンがなかなかに長尺で、婉曲的な表現が多いので字幕を追うのが忙しい。相当腕が良いんだろうなぁと思いながら観ていると、呆気なくターゲットを外し別人を射殺してしまう。わかりやすく狼狽する男。証拠隠滅しながら慌てて国外逃亡を始める。

 こちらはすでにギャップにクラクラしているが、男が真っ先に向かった先はなんと愛する女性の家。恋愛とか興味なさそうなのに!すでに襲撃された恋人は瀕死の大怪我を負って入院中だが「口を割らなかったのよ」と誇らしげだ。ここから男の壮絶な復讐劇が始まる。愛に飢えた冷酷な殺し屋かと思いきや、中身は一途な愛のために生きる凡人だったのだ。ボンドガールは死ぬ運命だけど彼の女は生き延びた。まぁボンドがあんなに長々と心中を語ったら激萎えだけどね。「成功する秘訣は…」なんてジェームズ・ボンドの口から聞きたくない笑。

 このミスを犯すまでの彼は少なくとも自分の仕事に誇りを持っていたし、彼女と彼女の家族からは一応理解を得ていた。しかし自分のミスで愛する人を失いかけて完璧ではない自分に気づき、大きく揺れ動く自我の中で葛藤する。復讐という名目で関係者を一人また一人と抹殺していくが、その工程を通して自分のしていることの虚しさや無意味さを痛感していく。彼の身のこなしはスマートで、殺害前の下準備や殺害後の証拠隠滅は徹底しているが、ターゲットにわざわざ会いに行って食事をするなど逡巡した形跡が見てとれる。

 彼が作中で何度も繰り返す言葉がある。

”計画通りにやれ。予測しろ。即興はよせ”
”誰も信じるな。決して優位に立たせるな”
”対価に見合う戦いにだけ挑め”
”感情移入はするな。感情移入は弱さを生む。弱いと無防備になる”
”工程のあらゆる段階で自分に聞け。これで何を得られるのか”
”やるべきことを確実にこなす。もし成功したければ単純だ”

あえて、というか努めて無機質に生きようとしてきた彼なりの哲学だ。だが実際の彼の行動は矛盾している箇所も多い。そもそも愛する女を傷つけられた復讐という時点で感情ベースで動いているし。どこか人間臭い主人公にいつの間にか魅入ってしまう自分に気づく。

 恋人を痛めつけた人物を殺害後、冒頭の殺人を依頼した人物も目と鼻の先まで追い詰めるが、あえて手を引くという決断を下す男。愛する人と過ごす穏やかな時間を選んだのだ。この結末は平凡でやや尻すぼみかもしれない。でも仕事を通して感じる葛藤とか陶酔とか中毒性とか…その辺りは万人に共通する部分があったように思うし、一連の出来事を通して最後にキラーが下した決断もまた感慨深いというか、一人の男が人生の新たなステージに進んだのだなぁとしみじみしてしまった。

 しかし映画のラスト、愛する彼女とくつろぐ彼の横顔にカメラが寄ると意味深にピクッと瞼が痙攣する。これはストレスのサインなのか。不穏な余韻を残して終わるではないか。ああ良きかな良きかな。

 始終もの哀しくスタイリッシュで洗練された映像、ときおり流れる音楽もあまり色味がなくて映画の雰囲気によく合っている。デヴィッド・フィンチャーと聞いて期待して観るとどんでん返しはないし、アクションの派手さにも欠けるのでがっかりしてしまうかも。でも私はサスペンスのハラハラ感と小説を1ページずつめくるようなワクワク感が入り混じって十分楽しめた。

 完全な余談だが、監督はセブンでのコンビを期待したのか当初ブラピに主演をオファーしたそうだ。しかし彼は自分のキャラとは異なるという理由で断った。確かにブラッド・ピッドの熱量だとこの脚本の醍醐味は生かせなかったかもしれない。寡黙な男の内なる闘い、秘めたる情熱が渋くて良いのだ。ブラピは自分の持ち味をよく分かってるなぁと上から目線で感心してしまった。

 Netflixに加入している人はぜひご鑑賞あれ。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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