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ザ・メニュー(2022)シェフの心を射止めたものとは。

 かなり話題になっており、ずっと観たかったこちらの作品。アマプラで見放題になっていたのでようやく鑑賞。噂に違わぬ面白い作品だった。予想の斜め上をいくスリラー展開に目が離せず、この食事会に招待された客たちと同じような気持ちで楽しむことができた。

〈あらすじ〉

有名シェフのジュリアン・スローヴィクが極上の料理をふるまい、なかなか予約が取れないことで知られる孤島のレストランにやってきたカップルのマーゴとタイラー。目にも舌にも麗しい料理の数々にタイラーは感動しきりだったが、マーゴはふとしたことから違和感を覚え、それをきっかけに次第にレストランは不穏な空気に包まれていく。レストランのメニューのひとつひとつには想定外のサプライズが添えられていたが、その裏に隠された秘密や、ミステリアスなスローヴィクの正体が徐々に明らかになっていく。

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〈感想〉

※以下結末までのネタバレを含みます※

 もう少し詳細なあらすじを紹介する。

 超高級レストランに集まった金持ち達に、次々と奇抜な料理を振る舞っていくシェフのスローヴィク。出てくる料理はめちゃくちゃ攻めており、有機野菜のお洒落ラーメンなんて霞んで見えるくらいだ。”パンのないパン皿(パンは庶民の食べ物であり今夜の客には相応しくないため、パンは出さずにパンにつけるものだけを載せた一皿)など、もはやよく分からないレベルに到達している。

 その勢いはとどまるところを知らず、副料理長の料理では、なんとスローヴィクに憧れ続けた副料理長が全員の前で拳銃で自殺し、その死体(その情景そのもの?)が一つの作品となる。動揺を隠せない客たちだが「今のはさすがに演出…だよな?」ということでうやむやに。もちろん演出ではなく実際に自殺しているのだが。しかしその後逃げようとした客の一人が指をちょん切られ、店内の緊張感はMAXへ。命の危険を感じた客達と狂気に満ちたシェフ&スタッフ達との攻防戦となっていく。

 一見するとスローヴィクがとち狂っているように見えるのだが、それは正しくもあり、間違ってもいる。この映画の非常に上手いところだ。というのもセレブ客達はそれぞれ”訳あり”で、裏で脱税や不倫をしていたり、スローヴィク個人から恨みを買っている人物ばかり。ただ一人、急遽代打でレストランを訪れたマーゴだけは別なのだが。

 物語が進むにつれ、客たちの人間臭い部分が次々と明らかになり、むしろ真剣に淡々と料理に向き合うスローヴィクが一番純粋無垢なのでは?と思えてくるほど。劇中でも述べている通り、彼は全てを犠牲にして美味しい料理を作ることに人生をかけてきた。しかし集まる客は料理の味なんて分かりっこない強欲な人間ばかり。彼らにしてみれば高級な食事なんて人生の添え物、ステータスに過ぎないのだ。自分が魂を込めた料理をろくに味わいもせず喰らうだけのセレブ達に、スローヴィクは心底絶望していたのかもしれない。

 「自分が何をどのように食べるかは自分で決める」と強い意志を貫くマーゴは、映画終盤でスローヴィクに食べたいものを聞かれ「昔ながらのチーズバーガー」と答える。幼い頃に初めて頬張った、あの安いチーズバーガーだ。スローヴィクは急遽チーズバーガーを調理して差し出し、マーゴが満足そうに頬張る姿を見て目に涙を浮かべる。そして希望通りテイクアウトさせ、マーゴのみを生かして外の世界に返すのだ。残された客とスタッフ達、そしてスローヴィク自身は”デザート”として火をつけられ焼け死んでしまう。



 スローヴィクの芸術家としての狂気性は理解できないものではない。音楽でも絵画でも小説でも、芸術を崇高なレベルまで追求した人間には間違いなくある種の狂気が宿ると思う。意思や理性を超越した世界、むしろそこに到達しない限り誰かを感動させる作品を作ることは困難だろう。

 ここには書ききれないが、マーゴを騙して連れてきたうんちく男タイラーや、自殺した副料理長、スローヴィクに不気味なほど傾倒している給仕係など、登場人物それぞれに非常に深みがあり、犯してきた過ちがある。やはり宗教的な要素もたぶんに含んでいるという考察が多い。次々と起こる展開はまさにカオスでありながら、スタイリッシュな映像とテンポの良さのおかげで、もっさりとした宗教映画になっていないところが非常に良かった。

 扱っているテーマは非常に重たいものだが、それをコース料理で表現するという手法が面白い。グロいシーンも控えめで気負わずに鑑賞することができるので、今後多くの人に勧めたいと思えた作品だった。ぜひご覧ください。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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