隔たる世界の2人(2020) 隔てているものは何なのか
Netflixオリジナルの短編映画。一見よくあるタイプループもののようで非常に根深いテーマを描いている。約30分の尺でここまで持ってくるのは本当にすごい。私は鑑賞中にものすごく強い「怒り」を感じた。衝動的で心の底から湧き上がるような憤り。つまらない2時間映画よりもよっぽど印象に残る。それこそがまさに製作側の意図するところなのだろう。アカデミー賞最優秀短編実写映画賞を受賞しているのも納得だ。
<あらすじ>
<感想>
※以下ネタバレを含みます。未見の方は読まない方が楽しめます※
もう少し詳細なあらすじを紹介する。
ベッドで目覚める男性。隣には女性の姿が。素敵な夜を過ごした男女は言葉の駆け引きを楽しみ、互いに恋の始まりを予感する。家で待つ愛犬のため彼女の家を後にした男性は、アパートから出たところで警察官に職務質問を受ける。理不尽に所持品検査を強要され、抵抗した男性は警官3人に強く取り押さえられてそのまま窒息死してしまう。目が覚めると再びベッドの上。隣には何も知らない彼女がいる。最初はただの悪夢かと思ったが周囲で起こることは全て既視感がある。タイムループに入り込んだと気づいた男性はあの手この手で工夫するが、何をしても絶対に警察官に見つかり殺害されてしまう。
ここまでだといわゆる普通のタイムループもの。何がそんなにムカつくかというと、この警察官が本当に人の話を聞かないクズ野郎なのだ。毎度毎度何かといちゃもんをつけては男性に絡み理不尽な理由で殺害する。男性には何の落ち度もない。
勘の良い方ならお気付きだろう。
殺される男性は黒人で警察官は白人だ。
何をしてもループから抜け出せないが彼は決して諦めない。「家で待つ犬のために何としても帰るんだ」と心に誓う。しかし彼が愛犬に会える日はもう来ない。なぜなら本当に警察官に殺害されてしまったから。
映画の最後で実際に警察官に殺害された黒人の方の氏名一覧と、何をしていた時に殺害されたのかという状況説明が表示される。それらは全て何気ない日常の一コマであったり、たまたま精神疾患の発作が出ているときだったりする。彼ら彼女らは何も悪いことをしていないのに殺害されてしまった。今この瞬間もタイムループの世界に閉じ込められ、なんとか脱出しようともがいているのかもしれない。
単一民族の日本人には馴染みの薄い人種差別問題。しかし海外、特に欧米の方はオギャーと生まれた瞬間から人種差別の問題が非常に身近にある。両親の肌の色が違うこともあるだろう。成長していく中で哀しい歴史に触れ、今もなお根強く残る人種差別について考える機会は日本人より圧倒的に多いはずだ。
最近まで私がイメージしていた「差別意識をなくす」というのは「どんな人種も平等」という非常に浅はかなものだった。でも盛り上がるアメリカ大統領選の報道を見ていると白人中間層・黒人層という言葉が普通に出てくるのだ。
確かに人種(ましてや外見の違い)で能力に差はないし人権は平等である。しかし人種ごとに抱えている歴史は異なり、独自の仲間意識やアイデンティティーがあることも事実だと思う。私たちだって外見が似ているからといって中国人や韓国人と一緒くたにされたら良い気持ちはしない。アジア人は全員同じ言語を話すと思っているアメリカ人も多いなんて聞くと、やっぱり寂しい気持ちになるものだ。ただ単純に平等平等と謳うだけでは雑すぎる。違いも認識した上で各々が歩んできた歴史を尊重し、互いを敬う心が大切なのかなと思った。
欧米の方が考える人種差別問題は「当事者視点」だが、日本人が考える場合はまだまだ「第三者視点」だろう。とはいえ高まるインバウンド需要や移民政策により人ごとではなくなってきている側面もあることは確かだ。さまざまな人種が入り混じる環境に慣れていない私たちの「外人は怖い」「治安が悪くなる」という排他的な固定観念こそ、最も深刻で時代遅れなのかなと思う今日この頃だ。
わずか30分のこの映画を観て思うこと。それが人種差別について考えるきっかけになるかもしれない。作品全体の雰囲気はポップで重すぎないので、Netflixに加入している方はぜひご覧になってください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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