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マラソンと憂鬱

また間隔が空いてしまった。情けない。

何回かテーマに取り上げたマラソン。
先日、今シーズン1本目のフルマラソンの大会に出場した。
結果は2'54'53。目標には届かなかったが最低限の結果は出せた。
今回は簡単に今回のレースの振り返りと考えたことをまとめていく。


外部環境

当日の天候は曇り。スタート時の気温は18度。
個人的には100点のコンディション。朝ホテルを出た時に「今日はベストが出るな」という予感がしたくらいだ。2年前にも同じ大会に出場したが、その時は暑いと思ったら雨が降ってきて風が強くなってとタフなコンディションだったことから、余計にそう感じたのかもしれない。

シューズはヴェィパーフライ3。アルファフライ3はレース前のポイント練習で足への負担が大きいと感じ回避。これも当たった。
シンスプリントを抱えていたが、大きなトラブルなくゴールすることができた。


ヴェィパーフライ3

内部環境

レース前の目標は、最低でも2時間55分切り。あわよくば2時間50分切り(サブエガ)。6月の大会以降、夏の練習はしっかり積めていたので、50分切りも夢物語ではないという感覚があった。ただ、1点だけ心配事があった。それは10月に入って人生初のシンスプリントである。脛と足底の痛みが爆発しないか不安ではあった。

レース中

ペーサーについていく。キロ4で押していく。
それ以外は余計なことを考えずに走った。
なので、何を考えていたのかはよく覚えていない。

34kmすぎのアップダウンに対応できず、サブエガ達成が絶望的になり気持ちが切れてしまった。

そこからは苦しい戦い。1度止まれば止まることが癖になるし、止まらないと力が入らない。どっちがいいのかは未だにわからないが、次の給水所まで頑張ることを目標に何とか刻んでいく。

給水所では歩きながらしっかり給水し、ボランティアの応援を背中に受けながら心身のエネルギーを補給した。ラスト5キロになると「早くゴールして美味しいビール飲もうぜ」と自分を鼓舞し続けた。ラスト1キロは自己ベストを1秒でも更新するためにとにかく最後絞り出すことしか考えていなかった。

そしてついにゴール。
時計を見ると、自己ベストを約4分更新できていた。
喜びよりも、安堵感が大きかったように記憶している。
努力してきたプロセスを成果につなげられたこと、毎日の練習が無駄ではなかったことを証明できたことに対して。

終わった後は友達とビールを飲む。
お互いの健闘を称え、勝利の美酒に酔いしれる。
それも束の間、気付いたら次のレースに向けてどんな練習をしようか話し合っていた。目標タイムもさらに速い設定。終わって数時間もしないうちに次の旅の身支度を終え、一歩を踏み出そうとしている自分がいた。

11月のレースが僕に教えてくれたこと

■努力量は裏切らない

世の中には様々な情報が溢れている。SNSやYoutubeではサブスリーやサブエガを達成するための練習法や、実際に達成した人のエピソードが沢山アップされている。何が正しい情報なのか?私の答えはすべて正しいかもしれないし、すべて間違っているかもしれないというものである。

「ゴールまでどのように辿りつくか?」

これは普段の練習からレース当日まで常に自分に突き付けられている。
私のこれまでの勝ちパターンは、「とにかく量をやること」であった。
勉強も仕事も、人より努力し目標を達成してきた自負がある。
一方で最短ルートで目標に到達することは苦手としている。試行錯誤しながら、一つひとつ手探りで答えを出していく。その正解は常にアップデートされ続ける。

自分で考えた方法で努力した結果が目に見える成果になったことは自信につながる。仕事でもなんでも「タイパ」「コスパ」が叫ばれる中、シンプルに「時間をかけて量をこなす」という前時代的な方法で抗い、勝利できたことは自分の人生の指針の正しさを証明する事ができた。

■全盛期は常に未来

34歳になり同年代のスポーツ選手も続々と引退していく中、自分はレベルは違えど、まだまだ上を目指し続け、結果を出せたこと。自分の能力は発展途上で、開発の余地があるということ。
仕事でも壁にぶち当たり、自分の能力はこの程度かなと思う場面も多くなってきた。だんだん成長に対しての貪欲さを失っていく中で、ランニングは「お前はこんなもんじゃない」ということを教えてくれる。「もっと大きなはずの自分を探す」事は何歳になっても止めてはいけない。

レースから1か月経ってやっと言葉にできた。
早いもので年の瀬。次回は2024年の振り返りかなー。

最後まで読んで頂き有難うございます。

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