【45回】読書日記(190131)
昨日に引き続き、Adiemusを聞きつつ。
しかし今日はENIGMAを聞きたくなった。「Sadeness」「Mea Culpa」「Back to the Rivers of Belief」「Return to Innocence」…学生時代何度も聞いたな。
平成31年度センター試験世界史Bの見直しもやっと終えて、1月最後の読書。
○先崎学「うつ病九段」(文藝春秋、2018年7月)
先崎学といえば、将棋のプロ棋士。羽海野チカ「3月のライオン」の監修者。
尊敬する棋士、村山聖とも交友があった棋士。
その先崎学九段が、うつ病で倒れた。この本は、先崎学九段がうつ病が快復するまでの1年間を描いたものだ。
まだ序盤しか読んでいない。うつ病で入院するところまで。
うつ病ではない。うつ病手前ー抑うつ、適応障害ーで、病気療養中の僕にもわかる。ほんの序盤でも、心に届く言葉がある。
病気療養に入る前、とにかく起き上がるのに時間がかかった。頭の中は真っ暗ではなく、苦しいイメージでいっぱいだった。どうしたらいいのだろう。どうしたらいいのだろう。でも行かなきゃ。仕事に行かなきゃ。
職員室に入るとき、毎回気合を入れて入っていく。今日も仕事だ。何を言われるんだ。何時に帰れるんだ…。
不思議と、生徒の顔を見ると、「今日もなんとかなる」と思えたものだが…。
それでも、休まざるを得なかった。
もうひとつ。
これもよくわかる。高速道路で車を運転しているとき、「ハンドルをくいっと回すだけで死ねる」と何回思ったか。空を飛ぶイメージも。何回想像したか。
今は全く考えなくなったのは、環境が変わったからである。
生きたい。仕事のせいで、それ以上に、仕事に関する人間関係のせいで死ぬなんてまっぴらだ。
そのためには、自分が変わればいいのだ。
自分の回復が目に見えてきたのは12月末ととらえている。
アドラー心理学の「嫌われる勇気」を再読して、スイスイ頭に入ってくる様になってきた頃。もしくは「自尊心の育て方」を読んだ頃。
自分は変わることができる。
そう思えたのが12月頃だから。
休みに入ったのは6月。つまり、力が戻るまで、半年程度かかったことになる。
どん底から少しずつ少しずつ坂を登っていき、一気に駆け上がっている。
そのような感覚だ。
「うつ病九段」では先崎学九段は、うつ病の治癒まで描かれる。
だが、一気に駆け上がっている感覚があるから、「うつ病九段」を読んでも大丈夫。
おそらくまだどん底近くにいた8月頃に読んだら、逆に苦しんだかもしれない。
自分の時期に合わせて、本に出会うことができるものなのだ。
用意されている。何かによって。
この本は、僕に何かを与えてくれる気がする。春に職場に戻る今だからこそ、読もう。
○もすこ「久住くん、空気読めてますか?」(スクウェア・エニックス)
桂正和の漫画に「I’S」という漫画がある。恋愛もの。この漫画は、ヒロインの心の中の声が全く描かれない。ゆえに、読者は主人公になって、主人公の心を追体験しながら、ヒロインの心を推測していかねばならない。
「久住くん、空気読めてますか?」は逆。校内一の美少女という佐倉が、教室でも端っこにいて、会話もしない何を考えているかわからない久住に、「ほれちまった」けど認めたくない。でも「私のことを見てよ!」と不器用にアピールする物語。
久住の心の声は描かれない。
「こんなにアピールしてるのに、空気読め!!」と久住に訴える佐倉。けれども、読者には、読めば読むほど、彼のちょっとした仕草を見るほど、「あ、なるほど。久住は空気めっちゃ読めてるんだ。」ということがわかる。
佐倉は気づいていない。
4巻まで読んだ。佐倉と久住が二人きりで会話をするところ。あれこれ佐倉が言って、久住の「夢」について、
佐倉はもちろん、本心でこんなことを言ってないわけで。「あなたの夢、知りたいけれど…。」(素直に聞けない)から、言葉を変に選んでしまう。
地雷踏んだなあ。
怒った久住、何が起こったかわからない佐倉。
既刊7巻か。続きを読もう。