“茶の湯”で遠州・和栗の価値を体験!世界発進の第一歩「夕ざりの和栗茶事」を葛城北の丸にて開催しました【前編】
地元の名産品をはじめ歴史や文化など、時間とともに形成されてきたユニークな地域資産たち。それらを私たちは日ごろどれほど意識し、未来へつないでいるだろうか?
遠州・和栗プロジェクトでは、和栗の歴史や情緒的価値についても探求してきた。その中で「和栗あり、茶あり。歴史や文化も息づく『遠州』だからこそ、世界にも発信できる体験価値があるのではないか」と仮説を持つようになった。
来たる2024年9月18日(水)、いよいよ海外にWAGURIブランドを届ける第一歩として、今年度の一大イベント「夕ざりの和栗茶事」を開催。インドやフィリピンなどの在日大使館関係者をはじめ、鈴木康友静岡県知事、県西部エリアの首長、企業幹部など約60名のゲストを迎えた。
この記事では、日本が誇る茶事という文化様式に触れながら、和栗と茶をかけあわせた遠州ならではの体験価値について、当日の様子をお伝えしたい。
世界へWAGURIを届ける本気「和栗と茶と遠州」という唯一無二のおもてなしを
和栗は、エネルギー源として縄文時代より食され、その後は朝廷への献上品や戦国時代の武将が験を担ぐ補給食などに用いられた。
樹木は楽器材や建材として扱われ、「大きな栗の樹のしたで」と歌えば幼いころのあたたかな気持ちが蘇る。和栗はまさに、日本人の心に息づく資産なのだと思う。
そして遠州地域は古くから和栗の貴重な生産地であった。しかし、社会的かつ構造的な問題から、いまや持続の危機に瀕している。少子高齢化という国内の課題を乗り越えつつ、息の長い産業を作れないだろうか……。
その解決策の1つが、付加価値を高めたWAGURIブランドをもって海外のラグジュアリー市場を開拓することであり、私たちが目標の1つとしてきたことだ。
とはいえ、和栗のおいしさも情緒的な価値も、体験しないことには始まらない……。
そこで、「格式高い茶事のフォーマットを用いて、和栗と茶という遠州の資産を体験価値に昇華しよう」というイノベーティブな目標に向かい、事務局メンバーが一丸で今回の企画をすることとなった。
通常は5~6名の少人数で催される茶事に、総勢約60名が集う。今回は世界中を見渡しても唯一無二、国内最大級の「大茶事」であろう。
亭主には株式会社TeaRoomの代表であり茶道家の岩本涼さんを迎え、袋井市に位置する「葛城北の丸」(かつらぎきたのまる)を会場とした。最大級のもてなしで、ゲストの発展に貢献したい。
プロフィール|岩本 涼 氏
遠州8市1町とJAグループ5団体が集った「WAGURI ディナー&フォーラム」でも、岩本さんに「夜咄掛川栗茶会」でおもてなしいただいた。
会場紹介|葛城北の丸
日本の伝統文化である「茶の湯(茶道)」。さまざまな様式がある中で、茶事は、食事や濃茶、薄茶などのフルコースで歓待する正式な会のことをいう。
なお「夕ざり」とは、夕方の明るいうちからゲストを迎え、宵のころに点茶を楽しむ流れをいう。場面を展開しながら約4時間ゆっくり過ごすことで、亭主とゲスト、ゲスト同士の親睦を深められる。
今回は、以下の構成とした。
寄付(よりつき)
初座(しょざ)・懐石
中立(なかだち)
後座(ござ)・濃茶
後座・薄茶
それぞれのシーンについて、茶の湯のあり方を交えながら当日の様子を伝えたい。
ゲストとの親睦を大切に、寄付(よりつき)
寄付とは、亭主の案内までゲストが待機する場所のこと。身じたくを整え、連客がそろうのを待つ。夕ざりの和栗茶事では、葛城北の丸の厳かな玄関でゲストを出迎え、事務局メンバーが寄付の会場へとアテンドした。
このあとの初座では着座のテーブルが分かれてしまうこともあり、寄付の時間には余裕を設けた。夕焼けの朱が濃紫へ変わりゆくとともに、ゲスト同士の会話もはずんでいった。
形式よりも心を大切に、信頼醸成の本質を学ぶ初座(しょざ)
寄付のあとは会場を移して、初座となる。初座とは、茶事の前半編の場面をいい、食事と酒を交えて賑やかに展開される。この日のために、東京・京都より若⼿を代表する9名の茶道家が集結した。
亭主あいさつで岩本さんは、「遠州という土地でこのような大茶事が開催されたのは意義深いこと。茶の湯と縁のある歴史や文化が地域にあってこそ」と話す。
「ここ遠州地域においても戦国時代の世では、多くの武将が茶事を通じて未来の調和した姿を感じ取り、茶⼈の仲介によって和平を結んでまいりました。皆さまにおいても『和栗』をキーワードに同じ⽬標のもとで歩んでいただけるよう、本⽇は⼀⽣懸命つとめます」と続けた。
そう、今宵のテーマは「信頼醸成」だ。
茶事と聞くと、作法が気になるところ。しかし、岩本さんは「記憶するのではなく、⼀緒にやってみることを⼤切に」と心添えをしてくれた。「各テーブルに茶人が付き、作法をすべて事前にお伝えしますのでご安心ください。今日は、形式よりも振る舞いを大切にご一緒しましょう」と岩本さん。
どんなひと時になるだろうか。さっそく葛城北の丸より懐石料理が提供された。
懐石料理はわびさびに倣いながら、されど心をつくして
茶を楽しむ席で提供される料理は懐石料理(茶懐石)であり、会席ではなく「懐石」の字が用いられる。それは、なぜか?
背景には、「温石(おんじゃく)」を抱いて空腹「懐(ふところ)」を温めたという、修行僧の逸話があるとされる。つまり、真心を尽くした料理でゲストの空腹と心を満たしたいという亭主の真心が込められているのだ。
仏教がルーツであることから、盛り付けもわびさびを基調にしたシンプルな趣となる。茶や酒をおいしくいただけるよう、量も少なめ……だが、もてなしを重んじる遠州・和栗プロジェクトらしく豪華なメニュー構成となった。
近年の異常気象の影響で、どんな食材が手に入るのか予測が難しい中、茶事の3カ月前から最高のもてなしへの模索が始まった。案の定、9月に入っても酷暑が続き、台風も接近した。希望する食材は決まったものの、当日に仕入れられるか分からない。
それでも、産地とのやり取りを欠かさない大角料理長の願いが通じ、ついにオール静岡の旬の食材で膳立てが叶うこととなった。「茶事という一期一会の機会に、この日しか味わえない一皿を届けたい」という葛城北の丸の想いを含め、一皿一皿を以下に紹介したい。
折敷(おしき:こしひかり⽶煮えばな、掛川栗と⼩⾖の⽩味噌仕⽴ての摺り流し観⽉の夜、富⼠の紅⼤鱒の昆布〆浜松の浜納⾖添え)
皆さんは、「煮えばな」の米を召し上がったことはあるだろうか?
生米からご飯に炊きかわる瞬間の米の状態をいい、食感はパスタでいうアルデンテのようで、みずみずしく甘い。この秋に採れたばかりの静岡産コシヒカリを用いた。
汁物には、掛川栗と小豆を白味噌で仕立てたすりながし(和風のスープ)を。椀の真ん中には、しっとりと甘いさつまいもが浮かぶ。前日に中秋の名月を、当日に満月を迎えたことにちなんだ「観月」の一椀となっている。
また向付には、富士の湧水を使い育てられたニジマスを昆布締めで。遠州が名産の芽ねぎがほどよい苦みを添え、浜納豆で塩味とコクを加えている。
椀盛り(浜名湖どうまん蟹の花びら栗真薯)
つづいて提供されるのは椀盛り。この日は、浜名湖で採れた幻のどうまん蟹を山芋と練りあげ「真薯(しんじょ)」にした。
どうまん蟹とは、浜名湖特産のガザミの一種。漁獲量が極端に少ないことから「幻」と称される高級蟹だ。体は小ぶりで、旨みが凝縮されている。
そんなどうまん蟹の真薯には、薄くそいだ和栗の実を菊の花びらのようにまとわせた。焼津のカツオをふんだんに使った出汁でいただく。
焼き物、強肴(伊勢海⽼の毬栗仕⽴て、遠州袋井⽜の炭⽕焼)
さて、メインへと移ろう。焼き物には、朝一で入荷した静岡産の伊勢海老を使用した。大角総料理長が「何としても和栗茶事にお出ししたかった」と懇祈した食材だ。
じつは近年、海水温の上昇により伊勢海老漁の解禁が遅れている。しかしながら茶事の当日に水揚げが始まり、奇跡的に入手できた。揚げた卵麺で栗のイガを表現し、食感までたのしめる。
また、亭主が「強いてもう一品」とすすめる強肴(しいざかな)には、遠州袋井牛を炭火焼きで提供した。
袋井といえば、東海道のちょうど真ん中。西からも東からも27番目に位置した宿として有名だ。その袋井市にご当地ブランドを増やそうと、地元の生産者が新たに作りあげたのが遠州袋井牛。
豊かな自然と生産者の愛情たっぷりに育てられ、赤身と脂身のほどよいバランスが特徴的。まさに遠方からのゲストをもてなすのにふさわしい、開催地が誇る一品となった。
⼩吸い物(菊花昆布出汁)
ここで箸休めとなる小吸い物(こずいもの)へ。季節の菊の花をあしらい、昆布の出汁でシンプルに。箸を清めるようにいただく。
⼋⼨(舞阪の⽢鯛銀鱗焼き)
八寸(はっすん)とは、酒が進むようにと、季節の食材を生かしてつくる肴の盛り合わせのこと。遠州地域の風情を味わってもらうべく、山の幸として掛川和栗を、海の幸には舞阪で揚がった甘鯛を用いた。
甘鯛にお目にかかる機会は少ないかもしれない。実は、この甘鯛、希少な高級魚である。淡泊な身質ながら上品な甘みが口いっぱいに広がり、江戸時代には極めて美味であると賞された。
ただし、身に水分を多く含むため、調理には技量が必要とされる。葛城北の丸の職人技を集結し、身はふっくらと、皮目はパリッと香ばしく焼き上げていただいた。
湯⽃(おこげ、炒り米)
湯斗(ゆとう)とは、懐石の終わりに用いられる道具のことで、そこから懐石のさいごにいただく一膳を指すようになった。
飯を炊いた窯には「湯の子」と呼ばれるおこげが残る。その湯の子を薄い塩味をきかせた練湯(ねりゆ)に溶かし、はじめに飯を提供した碗に注いでいただく。
ゲストは、茶漬けのように一粒残さず米を味わいつくすことができ、食材や収穫への感謝の念を感じられる。器を清めることで、亭主への礼も表現する。
湯斗をいただいたあとは、飯碗、汁椀、向付の器を懐紙で拭き清める。そして箸の先を懐紙で拭ったら、ゲスト全員で一斉に膳の内へ箸を落とす。この所作を「箸落とし」という。ふすまの向こうに控える亭主に食事の終了を音で伝えるほか、客同士が気持ちを合わせる意味がある。
返された器を亭主が引きあげ次の濃茶に移ることも多いが、夕ざりの和栗茶事では甘味を用意した。塩味のある食事の後に甘味を食すことで、口の中が中和される格好となる。つまりは濃茶に向けて「素」の状態をつくるという、岩本さんの演出だ。
⽢味(掛川栗と能登の熟成栗のデュエット)
甘味には、掛川和栗と能登の熟成和栗をぜいたくに使ったモン・シャンテーニュのケーキを。風味豊かな栗ペーストをクリームに使用したケーキをほどくと、ぜいたくにシロップ漬けしたマロングラスが現れる。
産地間共創を大切にする私たちならではの甘味を、どうぞご賞味あれ。
さて、場も盛況となったころ、遠州・和栗プロジェクトを代表して掛川市より久保田崇(くぼた・たかし)市長から景気づけの挨拶をいただいた。
「皆さんのお力をお借りし、プロジェクトをグローバルに前進したいという想いで今日の場が設けられました。2025年2月には和栗協議会の立ち上げも決まっております。
今後、ビックリ(栗)するようなイベントがあると思いますが、クリ(栗)エイティブな気持ちで楽しみに待ってください」
「翻訳が難しくて申し訳ありません」と会場の笑いを誘う。
また開催地を代表して、大庭規之(おおば・のりゆき)袋井市長は次のように意気込みを語った。
「袋井市のシンボルでもある葛城北の丸に、海外のみならず地域内外からも皆さまにお集まりいただいたことは夢のようです。
多くの農地を抱える袋井市にも、遊休地がたくさんございます。そうした農地を活性化しながら、10年間で30トンという遠州・和栗プロジェクトの生産目標にもお役に立っていかなければと思います」
会場の盛り上がりを見て大角総料理長は、今宵の特別メニューについて次のように語る。
「産地と食の未来のために『料理人として何ができるか』を突き詰めた3カ月でした。今日の一皿が、ゲスト皆さまの想いと産地の想いを未来へとつなぐ一皿であるように願っております」
このあと、夕ざりの和栗茶事は後半の後座へと続く。
満月の下、印日の文化融合を表現した特別なチャイを楽しんだ中立から、静寂な空間で自己を見つめる濃茶、プロジェクトの活動進捗に共感を得た薄茶まで、後半の様子は以下よりお伝えしたい。
地域間共創の枠組みの一環である「東三河FOOD DAYS」での登壇は以下より。
※記載内容は2024年10月4日時点のものです。
※歴史や文化に関する文中の記述には諸説ある内容が含まれます。
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