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あの頃との変化を感じながら本に触れる

私は図書館によく通う子だった。小学中学の頃の話だ。暑い日も寒い日も歩いて、あるいは自転車を飛ばして図書館に向かった。

図書館に行くきっかけになったのは親だったと思う。他の子はよく友達の家やゲームセンター、校区外のショッピングセンターで遊んでいたけれど、親はそれを良しとしなかった。

「遊ぶなら図書館で遊びなさい」

図書館と遊ぶがあまり結びつかないのだけれど、まあ親としては「ちゃんとした大人(司書さんたち)」の目がある図書館でならと思ったのだろう。その頃の私はすんなりとそれを受け入れ、図書館に向かうようになった。

地元の図書館は2週間で10冊まで借りることができ、きっかり10冊選んで帰る。そして、数冊読み終わると2週間という期限を待たずして再び図書館に向かい、読み終わった分だけ新たに本を借りて帰った。別に誰に何も言われたわけでもなく、私がただ本を読むことが好きだったからだ。特に学校が長期期間休みのときはそんな生活だった。本の虫だった。

好んで借りていたのはもっぱら小説だ。短編集ではなく、最初から最後まで同じストーリーが続くタイプが好きだった。自分という存在を消して、その世界にのめり込んでいけるその時間が大好きだったし、読み終わって本を閉じる瞬間も大好きだった。

ただ、そんな生活をしていたのは中学生までだったと思う。もちろん高校生になっても図書館に向かうことはあったけど、昔のように上限まで本を借りることはなくなった。

いろいろな縁があって図書委員長を務めさせてもらいはしたが、その時自分がその位置にいていいのかわからなかった。本を読む機会は圧倒的に減っていた(単純に勉強が忙しくなったからとか、交友関係が広がって誰かと過ごす時間が多くなったからとか、触れる娯楽が多くなってそちらに時間を割くようになったとか、そんな小さな積み重ねの結果だったと思う)し、私以上に本好きな子はなんてたくさんいるとわかっていたからだ。図書館に頻繁に通っていた頃のように何も知らない作品を選ぶことはなく、昔から馴染みのある推し作家さんのみを選んでしまうようになっていた。触れる物語の幅はぐっと狭くなった。狭めてしまっていた。

高校生活、大学生活を経て社会人になった私だが、本に向き合うことは完全になくなった。ただ単純に余裕がなかった。頭の中は常に仕事のことばかり。反省、疲れ、焦り。慣れない東京で一人暮らしを始めたこともその要因のひとつだったし、コロナ渦で新たに人間関係を築くことができなかったのもストレスだったのだと思う。そんな中で本を読む気力は湧かなかった。

ただ、1社目を退職した後、少しずつキャリアに前向きに向き合い始めてから、自己啓発本やキャリアに関する本を次第に手に取るようになった。調べる、学ぶといった感覚で選んでいたので、昔小説を好んで選んでいた時とはまた違う感覚だったと思う。けれど、本を選ぶ時に感じる装丁の手触りや紙の独特の匂いから、あの頃を思い起こしている自分もいた。

もちろんキャリアに向き合うこともしんどいなーと思う時もあって、そんな時は本から自然と離れていった。しんどいと思うのには波があって、一度思い始めると数ヶ月は引き摺ることがほとんどだった。

社会人4年目秋、私は東京から地元関西に戻ってきた。仕事面では新しいことの連続でこれまた大変だったのだけど、プライベート面で楽しみが増えた。中学高校時代の懐かしい友人とよく会うようになったのだ。あの頃こんなだったよね、こういうことあったよねと昔話に花が咲く。学生時代のわくわくを少しずつ取り戻していく感覚がした。

そんな生活を1年ほど続けたからか、私はひさしぶりに図書館に向かうことにした。自分が好きだったことにもう一度向き合いたいと思ったのだ。あの頃通っていた図書館ではないけれど、今の家に1番近いところを探して見つけた。

日差しが厳しい夏の日、私は日傘を差しながら図書館に向かった。あの頃は日差しなんて気にせず図書館に向かったなぁとか、当時より夏の暑さがきつくなったなあとか、今とあの頃との違いを思いながら歩いた。私自身も変わったが、世界も変わった。

あっという間に図書館に着いて、足を踏み入れると、本の匂いがふわっと香ってきた。あの頃通っていた図書館とは違うのに、何故か同じ匂いがするから不思議だ。本屋ともまた違う。少し本が、紙が歴史を積み重ねた匂いがする。ああ、ここは変わらず受け入れてくれるのだなと、ふと思った。

さすがに上限まで借りるなんてことはせず、数冊だけ選んで借り、家に帰った。さすがに上限まで借りて読めるほどの時間はないと判断した。
暑いなかそこそこの距離を歩いて身体は疲れているはずなのに、心は日々の仕事や他のストレスから解放されていく感じがした。

それからここひと月、図書館に通う日々が続いている。図書館のホームページから蔵書検索をして予約した本を受け取りに行ったり、現地で気になる本を探したり。図書館に置いていない本については、取扱店舗を探して、買いに行ったりもした。昨日は深夜から一冊の本を手に取り、朝まで一気読みしたりもした。本を読むことが好きなことは変わらないなと思いながらも、昔なら深夜に読み始めて朝に読み終わるなんてことできなかったなとも思う。きっと過去一度読んだことがある本を、今の私が読むと感じることも違うのだろうと思うと、読みたい本が、触れたい世界がまた広がっていくのを感じる。

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