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高村薫『我らが少女A』(毎日新聞社)

2017年から2018年にかけて毎日新聞に連載されていた高村薫『我らが少女A』を読んだ。新聞連載中、20人もの画家が日替わりで挿画を描いたということで、その一部が単行本の中でも掲載されていた。新聞連載時からそうしたアートディレクションを行ってきたブックデザイナー多田和博氏が小説の完結を見ずに亡くなったということで、単行本の巻頭には多田氏への献辞が載っている。

小説の舞台は、西部多摩川線の沿線、そして吉祥寺。この地域で生まれ育った4人の男女が高校時代に遭遇した殺人事件。被害者はそのうち一人の祖母だった。迷宮入りしたかに思われた事件が、12年後、そのうち一人が殺され世を去ったことをきっかけに再び動き出す。

事件当時、捜査に当たっていた合田雄一郎は、57歳となった今、多磨にある警察大学校で教鞭をとっている。そして、盟友加納祐介は心臓を病み、合田の勤務先に近いことも理由に甲州街道に近い病院に入院している。

4人の男女、そしてその家族の現在の心の動きと12年前の記憶。殺人事件という強烈が経験があったとはいえ、一つのきっかけから、こんなにも当時の記憶は再現され、しかも、当時警察の丹念な捜査でも掘り起こせなかったものが出てきて、事件に新たな様相が加わることになるのか。短期間ではあるが、自分自身も住んだことのある西部多摩川線沿線の情景、そして老女が亡くなった野川公園のたたずまいをイメージしながら、家族って何だろう、と考える。ADHDの人間の思考回路とか、ヤンチャしていた高校生たちの行動とか、自分よりずっと若い世代がSNSをどのように使っているかとか、モンストなどのゲームのこととか、平板に現代の様相を描く小説の中に、自分の知らない様々な視点があり、いちいち目を見開きながら文章を追う。みっちりと描き込まれた高村薫の小説は、体力があるときでないと読み進めるのが大変だが、誰もが生きていくうちに感じる鬱屈が丁寧に分析されている。トルストイは「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はそれぞれに違う」と言うけれど、幸福に見える家庭にも不幸の翳はそれぞれに落ちていて、実際問題として、多幸感だけで生きていられる人なんて誰もいないが、特にこの小説の主人公たちはそれぞれに不幸そうに見えているのが切ない。そして、小説の本体の枠組みの外側にいるように、事件の様相、そして捜査の進展を眺め、分析している合田と加納、彼らの幸福と不幸はそんなに明示されないが、刑事と判事という職業柄、二人もまた呑気に幸せそうにしている訳でもない。合田雄一郎は今回は直接の捜査担当でもなく、事件捜査の責任者から送られてくる情報を見て、省察し、一部の関係者と絡み、ゆっくりと真相に近づいていく。

とはいえ、真犯人と殺人の動機は小説の中で明示されない。発掘された情報を元に、推定される真相を読者がイメージしつつ巻末に近づいていくと、あっと驚く幕切れが待っている。予想外に多くの死と対比される、生と未来。

警察大学校から桜田門に異動した合田は、何年後、どんな事件で読者の前に戻ってくるのだろう。

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