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江國香織の素敵な男の子たち

 どうも山ぱんだくんです。金曜更新「君が好きだと叫びたい」はっじまーるよーー!!…え?はは…うん。空元気も元気のうちサ…

第六回江國香織の素敵な男の子たち

 村上春樹の熱狂的なファンをハルキストと呼ぶのに対して、私は心の中で自分のことをこっそりと「江國スト」と呼んでいる。彼女の小説は私の中にしんみりと馴染んで身体の一部になっていく感じがする。

 江國さんの作品の魅力の一つは、必ずと言っていいほど登場する素敵な男の子たち。彼らはメインストリームにいるわけではないのにその存在感に毎度ドキドキしてしまう。その中でも特に大好きな四人を今回はピックアップしました。あなたのお気に入りを、どうぞお選びください。

エントリーNo1:岸正彰(思いわずらうことなく愉しく生きよ より) 
 伸びやかに育ちすぎた三姉妹のそれぞれの事件、物語がテンポよく切り替わりながら凄まじいスピードで駆け抜けていく400ページの長さを感じさせない大好きな一冊。
*****
「キリスト教徒なの?」
いいえ、と育子は答える。いいえ、でもこういうものが好きなの。モチーフとか、色とか、落着くのね。
(中略)
「くわしいわ。でも映画館では滅多に見ないの。最近はビデオばっかり。ここでみる方が落着くんだもの」岸正彰はにっこりした。
「落着くっていうことが、とても重要なんだね」
考えてもみないことだったが、育子はそれについてしばらく心の中で検討し、「そのとおりよ」と認めた。悪くない気持ちだった。

「意志が大事なんだ」正彰は言う。「恋愛は感情ではじまるものかもしれないけれど、意志がなくちゃ続けられない」
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 平凡を絵に描いたようなおっとりボーイ、岸正彰くん。一周回ってその平凡さが、いい。はい。

 風変わりな三姉妹の末っ子、育子は友情と肉体関係が他者との接点。求められるままに見知らぬおじさん、友達の恋人、と誰彼構わず「すべてを知りつつ受け入れる娼婦の役」をしてしまうのだけど隣家の青年・正彰との出会いをきっかけに、彼の言う「段階」を守り他の男性との関係も主食だったファーストフードも(彼がぼそっと『体に悪いよ』と言ったため)やめてしまう。そして彼女は言うのだ。「ルールがあるのはほんとうにすてき」

 正彰くんという人は育ちがよくこざっぱりしていて、一般的な「段階」を重んじ、なんの疑いもなくクリスマスにディズニーシーに連れて行くような人。ああ、なんて健全な心なの。素敵。「平凡」と一蹴されてしまいそうだけど、彼の平凡さはつまりは彼の誠実さで、彼の丁寧さ。そして、そのとても丁寧な視線で彼は育子が自分でも気づいていない、彼女の大切なものを見つける。

 自分でも気付いていなかった自分を見つけてくれた人がいたとしたら、その人をきっととても大切にして離さないほうがいいんだろうなと思う。

エントリーNo2:深町直人(流しのしたの骨)
 お嫁にいった長女(そよちゃん)不安定な次女(しまこちゃん)夜の徘徊が日課の私(ことこ)十五歳になる弟(小さな律)そして両親。不思議な家族のもつ独特な空気と彼らのあいだだけに通じるルール、言葉、タブーとジョークが素敵な本。
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「なん人家族なの」深町直人はあっさりしたタンガリーシャツを着ていて、それがよく似合っていた。変に日に灼けていないのも清潔な気がした。
「六人」私もパンをちぎりながらこたえる。
「でも誕生日のお祝いは五回。下の姉のと弟のは一ぺんにやっちゃうから。二人とも十二月生まれなの」
「なるほど」
私は深町直人が気に入った。

「それをずっと読みまちがえていて、ハチミツコボシ前だと思っていたの。何年も、ずっと」深町直人は微笑んだ。俺にもあるよ、そういうの、とやさしい口調で言ったあと、しばらく黙って、
「いま思い出せないけど」と言う。
いま思い出せないけど。
私はそのセリフがとても気に入った。そう言った深町直人をとてもいいと思った。
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 ミスタージェントルマン、深町直人くん。彼について一番よく用いられる描写が「~と、やさしく言った」、「とてもやさしい」。「やさしい」が多用される。主人公(私)は少しスペシャルな(もしくは少し変てこな)女の子なのだけど他の人が「変わってるね」と流すところ、深町直人はその言葉をきちんと聞き、誠実に言葉を選び返す。白いニットが似合うジェントルマンて。もう最高じゃないですか。

 誠実で優しい。この二つは似ているもののようで両立が存外、難しいものではないかと最近思う。

 森博嗣さんのスカイ・クロラシリーズ『ナ・バ・テア』にこんなセリフがある。
「僕にとってやさしさというのは、つまり他人と自分を切り離すためのものだ。」
私はこれを読んだとき「ああ…わかるう…」と思った。つまり、私は深町直人にはなれないってことだ。(いや、なりたいわけじゃないけど)

「しま子ちゃんにも深町直人がいればいいのに」という「私」のセリフがあるのだけど、いや、ほんまやで。ほんとに、深町直人が足りてない。足りてないよ…!

エントリーNo3:律(流しのしたの骨)
こちらも先ほどと同じく、流しのしたの骨より。彼自身とても魅力的であると同時にこの不思議な家族の不思議な姉弟の関係性がとても素敵なので是非読んでいただきたい。
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私たちの小さな律は今年十五歳になる。だからもうたいして小さくはないのだが、私はどうしても、律のことを小さな弟と呼んでしまう。
(中略)
小さな律は無口ということになっている。うちでもそんなに喋らないけど、学校ではもっと全く喋らないのだそうだ。問題児というわけではないが、変わり者扱いはされているらしい。これは、私たち家族には信じられないことだった。なにしろ律は、家族じゅうでいちばん正しくバランスがとれていて、みんなに信頼される存在なのだ。

 平和な夜。私はピアノを弾いているときの律の、小さなうしろ姿が好きだ。短く切られた黒い髪、マッチ棒の先そっくりの、小さな頭と細い首、姿勢のいい背中。律は普段それほど姿勢のいい方ではないが、ピアノを弾くときだけ俄然模範的に背すじが伸びるのだ。子どものころの律に似る。

 可哀想な律。律が恐れていたのは喉仏だった。喉仏のせいで律は大人の男に決してなつかない子供だった。自分の父親にさえもだ。律はそれを「突起」と呼んで恐れた。不可解で剣呑な突起。いま、律はそれを自分の体に抱えている。

「べつに」と、律の返事はそっけない。そっけない返事をしてもそっけなく響かないのが私たちの小さな弟の特徴で、それはたぶん彼の声が本質的に誠実なせいなのだと思う。(中略)
私はうしろから律に近づいて、頭のてっぺんにキスをした。それから律のコートをきた腕で、頭をぎゅうぎゅう抱きかかえる。
「いってくるね」
律は苦笑した。仕方なく今度はふりむくと、いってらっしゃいと穏やかに言う。
「人さらいに気をつけてね」
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 年下大好きなお姉さまにおすすめな、律くん。学校では変わり者扱いされているけど家ではバランスがとれていて信頼されている小さな弟。十五歳でこれだけ自分の世界が確立されていたらそりゃあ学校では浮くでしょう。はい好き。

 見た目の未熟さに対する成熟した中身というアンバランスさ、自分の中に自分の恐れるものを持つアンビバレンスさ。小さな律。なんだか子役時代の神木くんを連想しませんか。連想します。私は年下好きとかじゃないんですが、こんな弟なら欲しい!!(自分で言って想像したらニヤニヤしてしまいました。どうもすみません。)

4.紺(きらきらひかる、ぬるい眠り)
 最後に少し毛色の違う男の子を。紺くんは大学生(きらきらひかる時点)で恋人の睦月はホモで、アルコール中毒の笑子と結婚している。おそろしくやっかいな関係性なのだけど江國さんはこの小説を「とても基本的な恋愛小説」と語り、私はそんな江国さんがとっても好きだと思う。
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 僕は、紺のまっすぐな背骨を眺めながら、よじれたかたちで毛布の上にまるまっているTシャツを放った。紺は、自分の日に灼けた肌や細長い手足の効果を熟知している。

 その頃紺は高校生で、絵画部に入っていた。それである日、もう夜中だったんだけど、紺がいつもみたいに僕の部屋の窓によじのぼってきて、ここで絵をかかせてくれって言うんだ。見ると道具がぎゅうぎゅうにつめこまれたバックパックを背負って足首にしばってあるロープをひっぱるとイーゼルがもちあがってくるの。満月の夜でさ、まるで家出してきた少年みたいだった。一週間くらいで絵は完成したんだけど、わざわざ僕の部屋で描いたのにそれはただの夜空の絵だった。あげるよ、と紺はいった。僕には、その絵が苦しいラブレターだってことがよくわかった。
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 ミスターフリーダム、紺くん。いやあ、みんな大好き、自分の魅力を知っていて、それを最大限に生かして他人に愛されることを知っている嫌な奴ですよ。はい、素敵。しかも軽やかな自由人のようで、その実はきっと誰よりも脆く繊細な青年。だって

満月の夜にイーゼルを担いで窓から入ってくる家出少年

(聖書の一ページ目に登場してなかったけ?ってくらい重要)

 その脆さ、危うさの美しさに鼻血が出てしまいそうです。神様ありがとう。

 江國さんの作品に出てくる男の子たちは誰もが魅力的で枚挙に暇がない。それはきっと彼女が男性を見つめる目が繊細で、魅力を見つけるのが上手で、それを丁寧に描写する能力に優れているからなのだと思う。

 彼らは物語の中で日常の生活の中に当たり前に、自然に、いる。ここが大切だ。少女漫画に出てくる「王子様どーん」「ヒーローどーん」という存在感ではなく、さりげなく、当然のようにそこにいる。そんな彼らの在り方も含めて好きすぎて私は読むたびに溜息をついてしまう。

 さて、推しメンは決まりましたか?じゃあ、せーので言いましょうか。せーのっ!

#エッセイ #コラム #読書   #江國香織