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【詩的生活宣言*3】詩を、つくる教室。
「詩集をつくらないと」と思い立ったのは、今年の三月くらいでした。
転職をずっと考えていたところなのですが、結局、自分が何をするにせよ、自分がいったい何者であるのか、どんなことができる人間なのかを示す名刺になるものがほしかったのです。
僕は、詩は何か別のものとの親和性がとても高いものだとずっと思っていました。「詩は、ファッションである」で主張したように、そもそも詩的な何かというのは、何にでも宿っていると思っています。その「詩的感覚」は、おそらく「美意識」とも言いかえることができるかもしれません。そして、あらゆるプロダクトは誰かの「美意識」によってデザインされているわけですが、僕一人でできるデザインは、数ある物のなかで「詩集」であり、その「美意識」が一番問われるものだと思いました。
もちろん、プロダクトデザインと、藝術のデザインは別物です。目的も方法も違うので、ここで安易にどちらも同じデザインだと言ってしまうことに抵抗はあります。しかし、こと文学に関しては、複製増刷が可能であるという点で、一点ものの絵画や彫刻とはまた違う、ある種プロダクトデザインに近いものがあると思います。
いつか「詩集」論というものを書いてみたいと思っているのですが、単にそこに詩作品が何篇かおさめられていれば「詩集」と呼べるのでしょうか。「詩」と「詩集」はどう違うのか。そういう視点から、僕なりの「詩集」デザインをしてみたいと考えたのです。
とはいえ、「詩集」を作るには、何を言ってもそこに詩がある必要があるわけですから、何かいろいろと言い訳をしていないで、とにかく詩を書こうと思いました。そして、権威あるものに認められることも大事だと思って、「現代詩手帖」や「ユリイカ」に投稿数か月続けました。しかし、すべて空振りでした。
どちらも月末あたりに刊行されるので、月末になるといつもそわそわして本屋に出掛けていっては、徒労感のようなものに苛まれる日々でした。(短気な僕が)そこで思ったのは、こんなことをあと何か月、何年続けなければならないのか。そして、自分はどんどんと年をとっていく。これでは転職どころではなくなってしまう……ということでしたが、焦っている際中に、ちょうど詩人の文月悠光さんの「詩をつくる教室」(全三回)が、7月から朝日カルチャーセンターであることがわかりました。
僕が書いている詩にはいつも自分で思う特徴がありました。そしてそれが、自分には価値のあるものなのかわからない、それが投稿をしても箸にも棒にも掛からない理由なのではないかと考えました。そう思うと、すぐさま会員登録をして受講の手続きをしていました。
そして、仕事も忙しくなり、投稿どころではなくなって、ずたぼろになっていたところで一回目の講座がありました。このときは、詩はどんなものかというお話と、詩の穴埋めの課題がありました。元来、スラスラと詩が書けるようなタイプでもないし、じっくり考えてからでないとできない達というのもあって、穴埋めはほとんどできませんでした。対して、他の受講者たちは(高齢の方が多かった印象)とても自由な表現をしていたので、この初回で僕は自分の才能のなさに絶望して、新宿の街をふらふらと歩いて帰りました。
そうこうしていると、一か月が経って二回目の講座がやってきましたが、二回目は仕事で行けませんでした。内心ほっとしました。もう三回目もこのまま行かなくてもいいかな……と思っているところに、朝日カルチャーセンターから二回目で配付されたプリントのPDFがメールで送られてきました。
それは、いくつかの絵や写真が載っていて、それについての質問に答えていって、最終的に詩にするというワークシートでした。そして、それを9月12日までに作成してメールで添付することが課題になっていました。三回目は、その作品をあらかじめ受講者たちが読んでから講評しあうという内容らしい。
しかし、詩は書ける気がしませんでした。ずっと、どうしようどうしよう早く書かなければと思いながら、時はすぎていき、気付けばもう9月11日になっていました。ひとまず、PDFファイルを印刷して、仕事のあいまに質問に答えていきました。そして、そこで出したイメージをつなぎあわせて二時間ほどでなんとか書き上げることができました。「フェノメノン」という詩です。
時間が短かったということもありますが、書き上げてみると、実に自分らしい言葉遣いとイメージの詩が出来上がりました。この雰囲気こそが、自分にとっていいのか悪いのかよくわからないところでもあったので、これがどう評価されるかで今後の何かが見えそうだと思って、次の日にメールで送りました。すると、数日後に全員分の作品集がPDFでまた送られてきました。ここから三篇選んで何かコメントできるようにしておくようにということでした。
さて、当日、行くかどうかはぎりぎりまで迷っていたのですが、文月悠光さんに直接コメントいただける機会なんてないと思って勇気をふりしぼっていきました。
講義形式は、作品ごとに文月さんがコメントをしていき、受講者も感想を言っていくというものでした。僕の作品は13番目だったのでずいぶんドキドキしながら待ったわけです。
いよいよ僕の作品「フェノメノン」の番。
文月さんはまず、受講者にコメントを求めました。
女性の方、二人が感想を言ってくれました。
・形式が新鮮
・不思議な世界でおもしろい
・最後が映画のよう。(ターミネーター2で最後溶鉱炉に沈んでいく際、手だけ残っているような感じ)
・「誰かと同じ言葉をしゃべりつづけた」というのがおもしろくない日常感があって共感できた。
と、おおむね好評。というか、基本的にみなさん褒めていくスタイルです。
これをふまえたうえで、文月さんも、
・「心地よい四肢の疲労がある」の連は、実感をともなう表現。美しさと生っぽさのバランスがよい。
・最初に「真夏の夜の海/浜辺でゆれる火/波音と風に踊っている少女の影」とパッキリとした場面が描かれているところから、だんだんと「あれは、少女のはずなんだが……、」でボケていく。そして、最後の方の「ここは、/ゆたがだ、/あたたかだ、/ほのかなる、/ゆらぎだ、」あたりについて、少女のゆらぎそのもので、それが視覚的にも表現されていて、ここじゃないどこかに吸い込まれる感覚がある。
という評価でした。
それから、僕自身にもコメントを求めました。
今回の僕の詩のテーマは「現象を現象のまま描くことのできない言葉の限界」だったので、意図を説明しました(タイトルも「フェノメノン」(現象)です)。これは、そのままうまく詩が書けない自分自身の葛藤でもあるわけです。自分のなかのイメージのようなものがあって、それを描こうとするのだけれども、「言葉」というのは情報伝達するにはものすごく解像度の低いツールですから、現象自体を描こうとしても描き切れない。
語りえぬものについては沈黙しなければならない。
ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』より
この言語の限界と、自分自身の詩の書けない限界のようなものについてイメージしたのが「フェノメノン」です。だから、最後は言葉が消えていくイメージで書いてみたのです。とはいえ、詩が無力だと言いたいのではありません。詩は、それでも、その「語りえぬもの」を語ろうとする言語藝術であることは言うまでもありません。ただ、なんだかうまく表現できないもどかしさ、自分としては、少し観念的な表現になってしまうことがあり、これが詩として成立しているのかどうかということを質問してみました。
すると、文月さんは、こうおっしゃいました。
「私には観念的には思いませんでしたよ。言葉の限界のようなものについては共感するところはありますが、現象をそのまま伝えられないということについては、読者に現象部分はあずけてみてもいいのではないでしょうか」(※一字一句この通りではありません)
無理なのはあたりまえのことですが、僕は全部が全部意図通りに伝わることを求めすぎていたように思いました。意図通りに伝えたいのであれば、これまでのエッセイで主張しているように、詩など書く必要はなくて、散文で伝えたいことを論理でガチガチにしていけばいいのでした。
それと、こんなことも思い出しました。この「詩をつくる教室」の前日、数年来「26時」という詩の同人誌のメンバーであるコンノダイチくんと中華の食べ放題を食べまくったあと、夜の代々木公園を歩きながらいろいろと詩の今後についてだとか、いま考えていることをえんえんと話していたのです。そのときに彼が、「詩はフリーズドライだ」って言っていたのです。解像度が低いからこそ、読者が読者のお湯でもってスープに戻すのだと。文月さんのお話を聞いて、はっとしたわけです。
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そうか、言語でものを書くとき、あえてその情報量の少なさ、解像度の低さというものに委ねるということも、詩のレトリックとして愉しんでみるべきものなのかもしれない。
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