真っ直ぐに進む人間が眩しい
俺は、今まで人生で本当に命を燃やして何かをしたことがない。学生の頃にやっていた部活も、音楽も、今書いている文学だって本当の意味で「死ぬ気」になってやったことはない。
周りにいる人間はみな、結構本気でやっていた。部活の時は、やる気がなかったからキレられたこともあったし、音楽だって嫌になって一度逃げたこともあった。
それでも、やりたくなってひょこっと帰ってきた時に、彼ら彼女らは何も言わずに受け入れてくれた。それは多分、自分がやりたいことに熱中して、俺なんかが、いるもいないもどうでもいいからなのだろう。
俺だったら、そんなことはできない。「あいつ今更になって帰ってきたのか」と口に出さなくても思ってしまう。
なぜなら、自分が熱中するものがないから。他人が気になってしまう。他人を気にする人間が嫌いなくせに、俺自身が一番他人を気にしている。
周りが見えないくらいに何かに没頭する人間が眩しい。周りの人間にそういう人が多かった。彼らが、心底楽しそうに好きなことをやっているとこ、また彼らがそれを見て盛り上がるのを見るのが羨ましい。
置いてかれたような気になって、それで一度逃げた。置いていかれたんじゃなくて、俺が足を止めてしまったからなだけなのに。そうすると、自分が惨めにみえて、嫌になる。
彼らのように、自分で何かを生み出したい。体の底から溢れる炎みたいなもので、何かを作りたい。このnoteだって、作っているというよりも何か別のものだ。気持ちの整理だったり、自分の溢れ出した好きを投影しているだけだ。
削ぎ落として、削ぎ落として、鋭く光る何かではない。俺はそれを求めている。話の創作でもしようか?それも一度逃げているなー。
あー本当にメソメソしてばかりでよくねぇな!こんなこと書いても何にも何ねぇな!結局みんな、地道に練習だったり、作り続けて、その一番いいところを俺が見ているだけなんだよな。
目標を立てよう。何かを作り出したいなら、俺は話を作ろうと思う。書いて、書いて、読んで、書いて、何かが感触があるまでやり続けよう。
俺は意志が弱い人間だから、環境に左右されやすい。たゆまぬ努力を続ける彼らのもとに、身を置いておくのが吉だと思う。
このnoteはお気持ち表明文にだけはならないようにと思っていたが、今日は機嫌が良くないみたいだ。気持ちの整理がつかない。とにかく、ただ書くだけじゃなくて、目標を作ってもっと努力をしよう。
男のセンチメンタルほど、なっさけないものはないが、今日ばかりはこんな文しか書けそうにない。
ちょうど現実チャンネルのナコンが『現実 実況プレイ 〜自己嫌悪 解説〜』という動画を出していたので、それを見て今回のnoteはフィニッシュです。
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