薬を求め、アザラシ諸島へ! 『生霊わたり』 クロニクル:千古の闇シリーズ エンマのゆるふわ評論 第7回
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隔週土日開催 エンマのゆるふわ評論
エンマのゆるふわ評論とは...
隔週土日曜日に行う評論、批評記事。
対象は小説、映画、漫画、ゲーム、音楽...etc
自身が見て聞いて読んで、思ったことを内省し思いを吐き出すコーナーです。めちゃくちゃ作品を専門的に詰めるよりは、ゆるふわに楽しくやっていくつもりです。平日書いている文章よりも文字数は多め。
今回はクロニクル千古の闇シリーズ2巻
『生霊(せいれい)わたり』!!!!
よろしくお願いします!!!
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はじめに
(はじめにはネタバレがありません)
予定では、川上未映子作『乳と卵』をゆるふわ評論するつもりだったが、暇つぶしに読んだクロニクル千古の闇シリーズ2巻『生霊わたり』があまりにも面白く、土日でもないが先にゆるふわ評論することにした。
この作品はあまり知られておらず、しかも1巻ではなく2巻ということで、ゆるふわ評論を行う前に、この作品の簡単なあらすじから説明をしたいと思う。
時代背景は今から6000年前、人間が農耕を行なっておらず、定住ではなく移住、狩猟採集で命を繋いでいた時代。
人類は大陸に散らばり、各々の部族を作りながら生きている。主人公であるトラクはオオカミ族である父親と共に、狩りや暮らしの知恵を学び、静かに暮らしていた。
が、ある冬。トラクの父は悪霊がその身に潜むクマに殺されてしまう。まだ幼いトラクは、1人でこの大地で生きなければならなくなるが、子オオカミであるウルフと遭遇し、意気投合。1人と1匹はともに、父親を殺した悪霊クマを退治することになる.....
1巻のおおまかなあらすじと世界観はこんな感じ。2巻では、大陸で疫病が流行しそれを止めに行く。トラクは自身の母親のルーツであるアザラシ族のいる地、アザラシ諸島へと旅に出ると言った感じだ。
では、今からこの作品、特に2巻の素晴らしかった点を押さえながら、ゆるふわに評論していきたいと思う。前回の『血と暴力の国』のゆるふわ評論はかなり長くなってしまったため、要点を話しつつ短めに行なっていきたい。
ということで、
アッフアッフ 【はじめていきます】
(オオカミ語)
注意!!!
この後ネタバレがあります!!
(この記事は約4000文字です)
1.息づく大地と海、大自然の文学的表現
本作品の素晴らしい点として挙げられるのは、世界観が完成されていること。その完成されすぎさに、作中の人々がこの過酷で美しい世界を生きているのだと、読んでいてわからされる。
人々は人間に魂が3つあると考えている。万物の魂、名前の魂、氏族の魂の3つ。全てがバランスをとっており、1つでも体から離れてしまえば悪霊になる。そのため、人が死んだ時、悪霊にならぬよう、魂があるべき場所へと向かうよう、死出の旅を行う。水を吸った赤土で体に模様を描くのだ。
設定完璧。こういったことを本当に昔の人類が行なっていたのかどうかは別として、このようなすこし呪術じみたまじないのような行為は、自分の思う旧石器時代のイメージにバッチリと当てはまる。読んでいて楽しい。
他にも好きな描写として、アザラシ族の人からクジラ肉の燻製をもらうシーンが挙げられる。2巻でトラクが疫病の薬を作るためにセリクの根を取りに行く場面だ。
母なる海を皮舟で渡るルートをとることに決めて、そこでトラクはアザラシ族の人から燻製肉をもらう。最初は食料をもらったと思うトラクだが、そうではないと言われる。そう、燻製肉はもし母なる海で溺れ死んでた時、手ぶらだといけないからだ。
このような、大地や海への感謝そして畏怖は、読んでいる自分により鋭く、トラクたちが過酷な世界で生きているのだと思わせてくれる。生と死をよりリアルに、それでいてドラマチックに演出してくれる。
2.魅力的なキャラクター
自分の中で、創作物を読むときに欠かせないものそれがキャラクターだ。この作品にも多数のキャラクターが登場するが、みな魅力的でまた人間らしい。特に好きなキャラクターを選び、語っていきたいと思う。
トラク
本作の主人公。今回は、自身に強大な魔術の力、〈生霊わたり〉があることを知る。元々、1巻からトラクに強大な力があることは仄めかされていたが、2巻でついにそれがどれだけ強大な力なのかがわかる。
その力を前に、トラクは自分が普通の生活を送れなくなってしまうことや、自身がトラクではない何者かになってしまうのではないかと思ってしまう。
大好きな父と行っていたような森での生活、弟分であるウルフとの何気ない日々、居候をさせてもらっているワタリガラス族たち、レンやフィン=ケディンとの生活。それらが崩れ去ってしまうのかもしれないとトラクは思った。
そりゃそうだよな、いくら1巻で天地万物の精霊の山でクマを退治したからと言っても、トラクは子どもで、世界を統べる力ではなく、もっと遊びたいとか普通に暮らしたいとか、そういうものがほしいよな。そこが、トラクの持っている力と、その持ち主の幼さというアンバランスさを演出していて、どうも居た堪れなくなってしまった。オオカミ族は全然いないし、トラクにとっての本当の居場所ができてほしいなと思う。3巻に期待。
レン
めちゃくちゃ好き。1番好きなキャラクターかもしれない。どこが好きかって、そりゃその放たれた矢のようなキャラクター性でしょ。決めたらやるっていう実直さが見ていて気持ちいい。
レンは自分で気づいていないかもしれないけど、トラクのことめちゃくちゃ好きなんだろうなと思う。アザラシ族の魔導士にトラクが懐いていた時に嫉妬したり、トラクが書き置き(石にオオカミ族のマークを刻む)だけ残してワタリガラス族の野営地から抜け出したら、セイアンの静止を振り切ってトラクを探しに行ったり、めちゃくちゃトラクのこと好きやんっていうのが滲み出ている。
でもそれに自分でも気づいていない。もしくは気づいていても蓋をしているのか。とにかく、自分を顧みずに進んでいくトラクに毎回ついて行ってくれて、本当にありがとう😭って読むたびに思う。トラクと歳はほぼ変わらないが、非常に聡明な女の子だ。はよトラクとくっついて欲しい。が、愛とか恋とかではない、もっと純粋で真っ白なもので結ばれているからこそ、この関係は美しいのかもしれないとも思うので、俺はもうどうしたらいいかわからない。
もうひとつだけ言うのなら、レンはたまに母性的な一面が現れる時がある。トラクが〈生霊わたり〉であることを打ち明けた時も、「盗み聞いていたから知ってる。まぁ別にどうでもいいかな、あんたは変わらずトラクだし」みたいな感じで、周りの人間、ひいては大人たちがトラクをトラクではなく、力として見ているのに、レンはトラクとして見てくれる。なんかこう、母親のような一面がある。トラクは生まれた時から母親がいないから、それに気づいているかはわからないけれども、トラクを無償で肯定してくれるのは、母親じみているなと思う。すごく魅力的だ。かけがえがない。
大人たち
作中に出てくる大人たちにろくなやつがいない。そしてそれが一層人間っぽくていい。まぁフィン=ケディンはいい大人だなと思うくらい。てかフィン=ケディンめっちゃ好き。
多分、フィン=ケディンはトラクのことを非常に大事に思っている。トラクがすごく可愛いのだと思う。2巻の終盤、フィン=ケディンはトラクに衝撃の事実を伝える。トラクの父がトラクを脅かす、〈魂喰らい〉の一員であったということだ。
そこでトラクは絶望するのだが、フィン=ケディンは何も言わずにそばいる。抱きしめるわけでもない。突き放すわけでもない。ただそばにいる。これがめちゃくちゃ好き。
トラクが普通の子供なら喜んでワタリガラス族に迎えて入れているだろう。ただ、トラクの持つ力があまりにも強大すぎてそれができない。
それは、自身のまとめているワタリガラス族が危機に陥る可能性があるから。本当に優しいからこそ、何もしない。それが聡明な大人を感じさせてくれる。まわりにろくな大人がいない、そして父親がいないトラクの、父親ではないが保護者として素晴らしいキャラクターをしていると思う。
そして忘れてはいけないのが、アザラシ族の魔導士テンリスだ。この作品って大人にろくなやついないなー、こいつも怪しいなぁって思ってたらやっぱりで笑ってしまった。声が良いってのが余計怪しい。でもやっぱり声が良いってのは大事だよな。お寺の坊さんも声が良いと人が集まる。良い声だから説法をみんな聞きにくる。人ってのは今も昔も変わらんな。
テンリスのセリフで好きなものがある。それが、
ってセリフ。
現代でもそうで、パッと見たものが凄ければその人をすごいと思いがちだ。本当の価値ってのはそこにはなくて、フィン=ケディンのように滲み出るものなのだろう。そこは旧石器時代も現代も通じる価値観だなと感じた。
テンリスというキャラが魅力的なのは、悪役と父親が混在しているからだと思う。トラクは親といた期間が短い。だからこそ、その埋まっていない親と子という関係を補おうとする習性がある、と俺は思っている。
そこをテンリスはうまく利用して、トラクを懐柔しようとしたわけだが、これが悪役としての気持ち100%の行動だったとは思えないのだ。あそこには確かに、甥っ子であるトラクを慈しむ気持ちもあって、天秤が傾いたのが自身の願いであっただけな気がする。そこがテンリスを憎めない悪役にしている。なかなか良いキャラだ。
おわりに
マジでクソおもろかった。やっぱ児童文学って良いわ。子供騙しじゃない。本当のファンタジーしてる。最高。
トラクが覚悟を決めて飛び降りるシーンとか、アザラシ族のベイルがウルフをみて、「美しい生き物だな」って言うシーンとか随所に光る名シーンがあって2巻も最高だった。
あとオオカミのウルフが可愛い。登場人物紹介では出さなかったが、今回もウルフは大活躍してくれた。やっぱトラク、ウルフ、レンのパーティーは安心感があって良い。
読んだ後に寝たわけだけど、目を瞑ったら広大な大地が見えた。そしてそれと同時にシャチが泳ぐ姿も想像できた。この小説のリアルな描写はそれを可能にしてくれた。読了感がとんでもない。いつもならそのまま寝るんだけど、その日は余韻に浸りたいがあまりに焚き火の音を聞きながら眠った。読んだ後まで楽しめる作品だ。
中学校の図書室においてあって、何の気なしに読んでからハマった本作のシリーズどうやら最新7.8巻が何年振りかに発売されたらしいので俺はもう楽しみで仕方がない。
あぁ、あと開いてすぐのページに舞台の地図あるの最高。ワクワクが止まらん。3巻はどうやら極北に行くみたいだ。これからもトラクたちの旅に注目したい。
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次回のゆるふわ評論は...
『乳と卵』。今度こそやります。