【cinema】映画 ◯月◯日、区長になる女。
私のいわゆる一人暮らしは30年前の阿佐ヶ谷から始まった。杉並区役所の裏っかわみたいな南阿佐ヶ谷一丁目。そこは2年で練馬区に引っ越してしまったけど、時は流れて主に西荻窪で音楽や飲めないお酒や美味しいご飯や人間関係を育み、また時が流れて一人暮らしをすることになった時も西荻窪を選んで、徒歩7分だったけど、その気に入ったマンションの住所は武蔵野市吉祥寺東町。
憧れの西荻窪生活はその住所が複雑な気持ちにさせた。それからタイミングがあって西荻を離れるとき、武蔵野市民だったからあっさり引っ越せたような気がする。
今も杉並区民の友達がいて、去年まで荻窪のジムにせっせと通っていたし、この区長選のこともリアルに選挙演説を駅前で聞いていた。海外から区長選のために呼び戻された岸本さんの住まいも西荻窪で、知りすぎている光景がスクリーンに何十回も映し出されてなんかむず痒かった。『映画 ◯月◯日、区長になる女。』はポレポレ東中野で封切りとなるちょっとトリッキーな感じ。
杉並区が住民の声のボトムアップで変わっていく。監督のペヤンヌマキさんが杉並区政に関心を持たざるを得なくなる経緯も生活のリアル(住まいが道路拡張の整理対象区域であった)から生まれてきた。彼女が映像作家然としてではなく、住民運動に深くコミットを続けている人でもなく、ひたすら「特別でない区民」の目線で「投票率を上げるために」撮り続けたカメラが生々しい。彼女がいい意味でプロフェッショナルさを押し出さなかったからだろうか、岸本さんも生々しく、時折登場するペヤンヌマキさんの家族である猫と亀が一層のリアリティを充実させる。
住民の生活を脅かす都市計画が立ちはだかり「住民思いの杉並区長をつくる会」が生まれるわけだが、それがちゃんと発足してワークして、岸本さんに白羽の矢を立てられる力ってすごいと思う。政治を住民の手にと思うためには、この意識や知識の高さが必要で、杉並区民であることへ自尊心、誇りが区民一人ひとりに根付いていないとなかなかできないと思う。そして無謀さすら含む住民の思いを受け止めて政治に実践できる人、岸本さんみたいな人がゴロゴロいるとも思えない。大・大成功事例であることも忘れてはいけない。大好きな杉並区だが、在住時は地元民ではなく移民でもあった立場としては杉並区の意識高すぎる圧があった。「杉並区長を作る会」から関心を持ち始めた住民女性が、区長選に鼓舞され、今度は区議会議員に立候補して、そして見事区議会議員までなるのは、できすぎていて、そう思っちゃいけないんだけど、ただのジェラシーかしら。
優秀でヨーロッパのNGO職員だったというからどちらかというと研究者っぽかったのかな。区長になれる保証など皆無で、でも息巻いたチャレンジ精神でもなく、導かれるように帰国し区長を作る会に参画し、それで区長選に立候補できるというのは、政治スキルや知識だけでなく、一定の経済力もあったのだろう、区長選におけるそこらへんの経済的生々しさは一切描かれていなかったのがドキュメンタリーとしてちょっと残念。さておき、前半は決して岸本さんの心は決まりきっていない揺らぎが滲み出まくっていた。だからこそ住民運動の人々とも折り合いが取れなくて、青梅街道で自転車のハンドル持ちながらちょっとバトったりしていて、映像的には面白かった。でも個人的で勝手な思い込みによるターニングポイントは区長選公示日から3日目くらい。この区長「選挙」を一つステップとして突き放し、その選挙戦の勝敗から吹っ切れて、この人たち(=杉並区民)たちと政治活動をしていこうみたいな決意が感じられた。選挙の勝敗は二の次みたいな。きっと現職の圧力もものすごかったろうし(ペヤンヌマキさんのカメラのみだったで、そこら辺の描かれ方も弱かった)。あくまでぽっと出で政治に興味を持った同世代の中年女子の目線を貫いていたのは親しみやすかったけど、振り返ると物足りなさを感じてしまうのは贅沢かしら。
でも、杉並区の随所が出てくるだけで本当に楽しいので、政治的関心はさておき、杉並区に幾分でも住んだり馴染みのある人は絶対観てね。