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メンタルが弱いってそんなに悪いことですか?心が弱いとなぜ自分を責めるのだろう?

最近モヤモヤしてることがあります
これまでストレスが原因と言われていた病気が
免疫異常が発症の原因であるとわかり、
心が弱いと責めなくていいと思った
ということでした。

体の病気だとそんなことないのに、
心の病気だったら
なんで自分を責めないといけないんだろう?
すでにつらい症状が出ているというだけで
大変なのに、そこにプラスして心が弱いと
自分を責めないといけないなんて…

心が弱いってそんなにいけないことですか?

普通の病気(医学で原因を説明できるもの)は
その人の"責任"ではないけれども、
そうでなくて、検査してもわからないとか、
医学で説明できないものは
“ストレス”つまり心の弱さ
(ある意味”気のせい”にされてる)
とする傾向が社会にあるように思います。
(なんか試合で負けてメンタルのせいにしてるのと似てる…)

その上、なぜか心が弱いのは許されない
なぜ?????
心が弱いと自分を責めてしまう理由を考えました。

心ってその人の努力によって強くできるっていう
思い込みがあるように思うんです。
心が弱いのは自己努力が足りないから。
ちゃんと努力しない自分が悪いとなる。

心ってそんな意識的な自己努力で
なんとかしているものなんでしょうか?
(これはとても深い問題になってきたので
また別の機会に続きを書きます)

今日はとりあえず心が弱いからと
自分を責めなくていい理由をあげます。

苦しい状態にいると
自分だけが悪いと感じてしまいます。
だから、他の人と比べて
「自分は心が弱い」からダメだ
と思うのですが、
町に出て本屋に行ってみてください。
あるいは
ネットを少し検索してみてください。
本屋にもネット上にも
「メンタルを強くする」という言葉が溢れています
ということは
「強くないといけない」って思っている人が
実はたくさんいる
つまり、
自分はメンタルが弱い」って思っている人が
とてもたくさんいるということです。
だから、本が売れる。
売れるからたくさん並んでる。

他の人はみんなすました顔で
心が強く見えるかもしれませんが
内面はわからないものです。

心が弱い人が少数派だと思うから
負い目を感じるかもしれませんが、
本当にみんなそんなに心が強いんでしょうか?
(ストレス感じないという人の方があやしいと
私は思いますが。)

そもそもメンタルが弱いー強いというふうに
二極分化で考えるのは“全か無か思考”ですから
認知のゆがみです。
ちょっと、少し、結構、かなり、
たまに、時々、頻回に、毎回などの
言葉を前につけましょう。

しかも、メンタル(心)の一言にまとめすぎ
一般化のしすぎという認知のゆがみです。
ストレスで身体症状を出す場合は
心が弱いのではなく
身体化する傾向があるだけのこと
「心が弱いから自分はダメだ」も
一般化のしすぎです。

例えば、
「今日は人前でスピーチしてめっちゃ緊張した。
胃がキリキリ痛くなったなあ」
からだがあなたを守ってくれているのであって
決してこころが弱いわけではないのです。

確かに、原因不明の病気が解明されるのは
何の疑いもなく良いことです。
その病気に対する知識が広まり
患者さんが余計な偏見に苦しまずにすむことは
本当に望ましいことです。

けれども、病気の原因解明だけでなく
心の弱さを責めない社会にならなければ
医学的な原因がわからずに、
いろんな症状で苦しんでいる人たちは
取り残されてしまうように思います。

医学がめざましく進歩しても
全ての病が解明されるわけではありません。
発症の原因が免疫機能の異常だろうが、
ストレスだろうが、何にしても
自分を責める必要は全くないと思うのです。

なんか、いろいろ思うことがありすぎて
まとまらない文章になってしまいました。
ごめんなさいね。