11.中心と放射状線(2) - i
「9.中心と放射状線(1)- i 」
「10.中心と放射状線(1) -ii」
では、
ジョットの<ユダの接吻>を題材に、
モチーフや視線などを用いて「放射状線」を構成し、
観者の目を「中心」へと向かわせる構図の工夫について見てまいりました。
今回は、「中心と放射状線」という同じ工夫の施された別の作品を、楽しみながら眺めたいと思います。
1.フラゴナール<ブランコ>
(1)見る
まずは、少々眺めます。
(2)考える
質問です。
「中心」はどこでしょう。
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↓
↓
どこに目が行きますでしょうか。
ほとんどの方が、真ん中の女性、とお答えになると思います。
それでは。さらに、もう少しだけ詳しく言えば?。
女性の、どこ?
はい。
女性の顔じゃなくて、女性の「スカートの中」だと思います。これは、別にあなたがエッチだからそう思うのではないのです。
画家は、緻密に考えて知的に構図をつくっています。
画家によるその視線の誘導によって、観者の目は否応なくそこに集中するように、そもそも絵が出来ているのです。
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それでは。
その視線の誘導について考えます。
今回も「放射状線」が用いられています。
「放射状線」はどこでしょうか。
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絵の中に描きこまれているいくつかの線、および人物たちの視線が、真ん中の女性(の特に「スカートの中」)に向かって集中していることが、観察できますでしょうか。
人物たちの視線を確認しやすいように、アップにした部分図を入れておきます。
(★、三つとも、筆者によるトリミング加工あり。)
画面左下の寝そべる男性の目は、白目多めで、視線の方向がはっきり観者に分かるようにしてあります。
また、その男の上に置かれた唇に人差し指を当てるクピドの彫像も、視線の方向がはっきり分かるように、彫像にもかかわらず、また、背後から光が当たっているにもかかわらず、白目が強調して描かれています。
2.「構図」の工夫を知る
下の左側の図版にある黄色の実線は、実際のモチーフの線です。
黄色の点線は、人物たちの視線(実際に目に見える線があるわけではない)で作られた線です。
(左:★、筆者による線の加筆あり。右:オリジナル。)
たくさんの線が、四方八方から女性に向かっていることが判ります。
なかでも、とりわけ意味深に「スカートの中」に向かっている線は、下の図版の左側にある赤線です。
(左:★、筆者による線と数字の加筆あり。右:オリジナル。)
左下で肘をついて横たわる男の視線と左腕(①二つ)。
画面左端の唇に人差し指を当てたポーズをしているクピド彫像の視線(②)。
サンダルを投げる女性の左足(③)。
ブランコの椅子を支える二つの綱(④二つ)(赤い椅子部分のかなり前方と繋がっていて、ブランコの仕組みとしては不自然なくらいです)。
①、②、③、④の線、これらはすべて、あからさまに女性の「スカートの中(の股間)」に向かって、四方八方から放射状の線を形成しています。
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「スカートの中(の股間)」という、実際には見えそうで見えていないものが人の目を集める「中心」となっているところが、いかにも貴族に好まれるような軽やかな面白みと機知をこの絵にまとわせています。
そのことが、華やかな色彩や、軽妙洒脱な筆致とも相まって、主題の何とも言えない下品さ(浮気、のぞき見、性欲)を霞ませています。
3.制作の経緯
この絵の注文主のサン=ジュリアン男爵は、1767年10月、当初別の歴史画家ドワイヤン(生没:1726‐1806年)にこの絵を注文しようとしました。
ところが、この男爵の注文、つまり「女性が司祭の引くブランコに乗り、男爵自身は彼女の足が見えるような位置に姿を潜ませているような作品を書いて欲しい」という注文が、あまりに下品で不道徳だったので、ドワイヤンが驚き、そうした作例のある別の画家フラゴナールのもとへ行くよう勧めた、という経緯があります。
フラゴナールは、不道徳のエロス、ロココ趣味、洗練された機知を巧みなバランスでまとめあげ、ともすれば軽薄に過ぎるこの主題を、魅力的な作品に仕上げています。
4.まとめ
同じ「中心と放射状線」という構図上の工夫は、ジョット<ユダの接吻>のように峻厳な緊張感を作り出すこともできれば、このように、洗練された軽妙なエロチシズムに貢献することもできるのです。
以上、今回は「中心と放射状線」の別のパターンでした。
次回もまた別の作例を眺めてみたいと思います。
最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。