見出し画像

強烈な問題提起作品 「シビル・ウォー」が突きつけるもの 脅威の音響デザイン

エポック‐メーキング(epoch-making)

[形動]ある事柄がその分野に新時代を開くほど意義をもっているさま
    画期的 「エポックメーキングな発明」

映画史において「戦争」を題材とする作品は数多く存在します
それらの作品は常に戦場という異空間をどのように表現し、
それを劇場でいかに再現するかを模索し続けてきた歴史と言えます
それは音響技術者たちのエポックメーキングな挑戦の証しでしょう

【音響デザインにおけるエポックメーキングな戦争映画】
① 
1979年  フランシス・フォード・コッポラ監督「地獄の黙示録」
 
サラウンド音響の草分けともいえる5.1chを世界で初めて採用しました
 この映画から右後、左後のリアスピーカーが登場し
 音響技師ウォルター・マーチが作り出す世界に立体感が増しました
 また低域の表現を担うサブウーファーを劇場用に普及させました
② 1987年  スタンリー・キューブリック監督「フルメタル・ジャケット」
 これも革新的な戦争映画でした

ハートマン軍曹

 キューブリックは劇場音響設備や構造が多様化したことによる上映品質の
 バラつきを危惧し、シンプルなフォーマット(音声はモノラルかステレオ)
 で作品を作り続けた作家でした
 上映品質のバラつきを抑えるための、ダビングステージと映画館音響の
 規格化の歴史は古く72年からISO (国際標準化機構)で協議されてきました
③ 1998年  スティーブン・スピルバーグ監督 「プライベート・ライアン」
 「戦争映画の表現は今作以前と以後に定義できる」と評論家たちに語らせ
 るほど革命的な一作です 本物の戦場にいるような没入感を観客に与える
 強烈な映像演出を生み出しました  爆発時の“木っ端”の使い方などは秀逸
 製作工程のデジタル移行が作業量やその精度、ダイナミックレンジの表現
 に決定的な変化をもたらしました
 個人的にⅯ1ガーランドの弾を撃ち尽くした際に“クリップ”が排出される
 時の「ピーン!」という音が好きです

地獄図のオマハビーチ

④ 2001年  リドリー・スコット監督  「ブラックホーク・ダウン」
 上映時間のほとんどが戦闘中の兵士たちの目線で描かれています
 “プライベート・ライアン”で有効活用された手持ちカメラによる
 徹底的な兵士目線の戦場体験は視聴者に大きな衝撃を残しました
 例えば上空の戦闘ヘリがミニミを発射し地上にバラバラとから薬莢が
 降り注ぎ、地上の兵士の首筋に薬莢が落ちてきて慌ててそれを払ったり
 するシーンが非常にリアルに描かれています
 “ハンヴィー”の中が薬莢だらけ、砂だらけ、血まみれのリアルさ

墜落ヘリからの負傷者救助

【その後の音響技術の進化】
2010~12年に“7.1ch”や“Dolby Atmos”という音響システムが登場しました
それまで劇場に存在しなかった天井、つまり観客の真上にスピーカーを
吊って「縦軸の音響表現」を可能としたことで、上空を通過する戦闘機の
爆音や砲弾の飛翔音の圧倒的な定位感が、観客の劇場体験をまた一段上の
レベルへアップグレードさせました
このような背景の中で公開されたのが「シビル・ウォー」という映画です

【「シビル・ウォー アメリカ最後の日」の特筆点】
今作でサウンドデザイナーのグレン・フリーマントルと監督のアレックス・
ガーランドが目指したのは「現代戦闘のリアルを徹底的に音響で伝える」と
いうことです
そのために現役のネービーシールズの隊員などに詳しくヒアリングを行い
彼らが「現場で聞いている音」の完全再現を目指したそうです
(作中でも兵士役として、多くの現役、退役軍人が参加しています)
今作の“音”はとにかくダイナミックレンジが広いです
ここまで音量差を付けた作品は今まで観てきた映画の中には見当たりません特に作品中盤、初めて前線に同行する際の静かな会話から、突如切り裂く
ような銃声と共にシーン転換した瞬間は、思わず席から飛び上がりそうに
なりました
廃墟と化したビルの階上で負傷していると思われる敵兵のうめき声が最初は
微かにしか聞こえていません 階段を少しづつ上がっていくと何か懇願する
ような声が少しずつはっきり聞こえてくる そして部屋に飛び込んだ瞬間
床に横たわっている負傷兵を有無も言わさず発砲し射殺 一瞬の轟音
ガーランド監督は撮影時に通常の空砲より火薬量を数倍増やしたものを使用
したと言っています 現場撮影で銃器の発砲に対して、役者がナチュラルに
「びっくりしている、怖がっている」ところを撮りたかったからだそうです
音響的には現場の空砲の音はポストプロダクション時にサウンドエフェクトに張り替えて製作されるのが一般的です
今作では、非常に鋭い本物の銃声がサウンドエフェクトで付加されており
観客は現場で恐怖に慄く俳優たちと同じ感情にさらされることになります

グレン・フリーマントルが言うには今作はほとんどADR(Automated Dialogue Replacement、和製略称はアフレコ)を行っていないそうです
つまり劇中の悲鳴、恐怖の息遣いは、大半がその現場で収録されたものが
使用されているのでそのあたりも必聴です
ラストに市街地での大規模な戦闘シーンが描かれるまでは小規模な戦闘が
散発的に描写されていますが、その中で放たれる単発の銃声であっても
とにかく自分に向かって撃たれているようで鋭く、怖いです

また、シャーロッツビルからワシントンD.Cに向けてヘリが飛び立っていく
シーンでも、サブウーファーにこれでもかと投入されたヘリコプターの
ローター音が低域の波動となって劇場全体を地鳴りのように揺らします
これは昨年9月に東京・新宿シネマートの爆音上映「ウィリアム・フリードキン監督作品  恐怖の報酬  オリジナル完全版」でダイナマイトを運んでいるトラックの1台が爆発炎上したシーン以来です
『Dolby Cinema』という音響特化環境での鑑賞は、このダイナミックフルパワー状態の極限の戦場の再現音響はこれまで劇場で経験したことのない
「恐怖感」をこれでもかというくらいに味わわせてくれました
今作の音響製作時のベースフォーマットは“Dolby Atmos”ですのでその
真価を存分に味わうためにも“Dolby Cinema”での鑑賞を強くお勧めします

「シビル・ウォー」は『road movie』か?おまけ
今作は内戦が勃発したアメリカ合衆国で14か月間マスコミの取材に応じて
いない大統領に単独取材を計画した3名のベテランジャーナリストと新米の
若手カメラマン4名が、滞在中のニューヨークからワシントンD.Cに向かう
途中に数々の衝撃的な経験をするという物語です
普段なら高速道路を使って走行距離約380Km、時間にして約4時間弱の道程
だが、高速道路は破壊されているため一般道を使ってできるだけ危険地帯を
避けるため大きく迂回 そのため走行距離は1,379Kmになってしまいました
ドライブしながら目的地を目指し、若手女性カメラマンの成長譚ともとれる
ため、本作を「ロードムービー」と称する評論家の方が多いようです
はたして「ロードムービー」なんだろうか?と鑑賞後に思いました

「地獄の黙示録」では「車」ではないですが特殊任務を与えられた
ウィラード大尉は若い部下たちと「小型の哨戒艇」で川を遡りカーツ大佐
の潜伏するカンボジアに向かいます
途中で第一騎兵隊(戦闘ヘリ軍団)の攻撃に参加したり、プレーボーイの慰問
団に出くわしたり、ド・ラン橋の夜戦を体験したりします
ウィラード大尉は戦争の傷跡を深く刻み込み、精神的な混乱を抱えたまま、新たな人生を歩むことになりますが多分幸せな未来ではないと思います

ケイ二ー・スピーニー演じるジェシーは、最初はやる気だけはあるが
現場経験も少なく覚悟もないジャーナリスト志望の若い女性です
そんなジェシーを戦場カメラマンとして名を馳せているリーは
厳しくも本気で指導をします
数々の暴力や死を目の当たりにし、自分自身も死を目前にするような
経験をしてジェシーの才能・本能は開花し始めます
最後はプロとしての自覚を手にしたように描かれていますが
私は少し違和感を感じました
「これは成長なのだろうか?」と
人としての感情を振り捨てて目的に向かっていく姿は
とても強く見えますがそれは冷徹さ故のダークパワーではないか
ジョエルも大統領に一言問いかけて「それでいい」と言い捨て
見殺しにしました
最後に結果を得た者たちはそれと引き換えに何かを失っています

「これを目にしたあなたはどう思うのか?」
そうアレックス・ガーランドに問われている気がしています


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?