エンゼルフードケーキ
上手くいかないことが続き、朝からどんよりしていた日のことです。
昼になってもお腹は空かず、かといって何も食べないわけにもいかず。
ひとり入ったカフェでメニューをにらみ、半ばやけになってケーキとポットの紅茶を頼みました。
エンゼルフードケーキと言う、厚いスポンジに雲のようなクリームが押し付けられた大げさなケーキです。
その名前には聞き覚えがありました。
昔読んだ小説で、主人公は女子校に通っていたときからの腐れ縁である女に手を焼かされるのですが、その彼女のほぼ唯一の手料理が、エンゼルフードケーキなのです。
物語そのものは忘れましたが、オーブンが発する甘い匂いと、皿にあしらったベリーをつついてテーブルクロスにシミをつくっていく描写がグロテスクで、名前と真逆の印象が強く残ってしまいました。
差し出された皿の上のケーキは、なかなかの標高を保ってそびえております。
口に入れるとシフォンケーキよりも軽い生地で、天上の食べ物とでもいうべきふわふわとした甘さなのでした。
しかしやはりここは下界。質量保存の法則の例外ではなく、胃に収めた分だけ確実にケーキの重さを実感するようになりました。
食欲が無いのだから、もっと栄養になりそうなものを頼むんだったな。
ふくれたお腹が苦しくなります。やっぱりこれは魔性の食べ物だった、悪魔の食べ物だった。
いやいや、それならば、今食べるのにぴったりのお菓子なんじゃない?
冷静なもうひとりの自分の声が聞こえた気がして、思わず苦笑しました。
ていねいで、規則正しくて、美しい生活ができないこともあります。
心と体がざわつき、まっすぐ歩けない日があります。
そうとわかったら、あきらめてしまおう。
バランスシートはかなり偏るけれど、今食べた甘いお菓子だって明日の何らかの栄養になるかもしれないのだから。
さらに笑ったのは、ケーキが標高とカロリーに加えてお値段もお高めであると会計の時に気づいたことです。
これなら、ボリューム満点のスープとサラダつきステーキのランチセットを頼んだ方が安かった。
うまくいかないなあと思う、心は少し軽くなっていたのでした。