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【写真日記】岐阜市旅情さんぽ・金神社から長良川沿いの川原町まで


先日、用事で岐阜市に行ってきました。

遠路はるばる岐阜市へ。
久しぶりの岐阜市は、暑かった…。

岐阜市について、ちょっとだけ語る


私は生まれも育ちも飛騨高山で生粋の岐阜県民ですが、岐阜市については(県庁所在地であるにも関わらず)、行ったことがなくて、よく知らない街でした。

というのも、岐阜県は、昔から南部の美濃地方と北部の飛騨地方の二地域に分かれていて、かつては別々の国だったんですよね。

その上、平野部の美濃と山間部の飛騨は、気候も文化も歴史も…全てが異なります。

そのため、飛騨高山で生まれ育った私から見ると、美濃地方は遠い所にある別世界という感じでした。

実際に、子供の頃に家族で車で遊びに出かける時は、美濃地方を通り抜けて、お隣県の愛知県(犬山市や名古屋市)へよく行っていましたし、夏になると海水浴で北陸の富山県や石川県に行きました。岐阜市に親戚がなかったこともあり、完全スルー状態。私にとっての初めて岐阜市は、大学四年生の時に、教員採用試練を受けるために訪れた時です。
以降、研修会や会議で岐阜市に行くことはありましたが、マイカーでビューンと行って帰ってくるだけで、市街地を散策することはありませんでした。

こんな私が、地域の某団体の役が当たってしまい、年に数回、会議に出席するため、岐阜市に通うようになりました。

マイカーで行ってもいいんだけど、会場が街中のちょっと込み入った場所にあるため、カーナビを付けていない私は、高速バスで行くことに…。

ところが、これが大当たりでした。

歩いてみると、すごく面白いのです!

私が住んでいる飛騨高山と違い、岐阜市には岐阜市の個性があり、それが色濃く「まちの魅力」となっています。手つかずの古い建物が大好きな私には宝箱のような所でした。

岐阜市の面白さにすっかりハマってしまった私は、昨年、岐阜の記事をたくさん書きました。会議の時とは別に、個人的に訪問して書いたものもたくさんあります。

今までスルーしていて本当にごめんなさい!…という気分です笑。

岐阜市に到着


朝、5時に起きて、6時50分発の高速バスに乗り、一路岐阜市を目指しました。バスは2時間ちょっとで名鉄岐阜駅の近くにある岐阜バスターミナルに到着。

高速バスを降りた後、ロフトの横にあるドトールで軽く朝ごはん。

アップルパイは温めてもらいました。ササッと食べて、いざ出発。

何でもない普通の住宅街の中でも、私の興味を引く面白いものがあちこちにあって、歩くのが毎回楽しいです。

歩いている途中で見つけたポンプ。今も使えるのかしら?

この後、予定していた大事な用事を済ませて、ミッションは無事に完了。

晴れてフリーとなった午後から、今回の私の岐阜さんぽが始まりました。


ランチを食べる


本格的に歩く前に、お昼ごはんを食べなくっちゃ!

いつもは、柳ケ瀬商店街の中にある「ミツバチ食堂」でランチを食べるのですが、今日は、違うお店でいただくことにしました。

向かった先は「エーデルワイス」さん。数日前にこの新聞記事をたまたま目にして、是非行ってみよう…と思いました。

このエーデルワイスさんは、金神社のすぐ近なんですね。実は私、岐阜を訪れるたびに、このお店の前を通っていたんです。記事を読んで「あっ、あの店だ!」と気が付きました。
5月いっぱいで閉店されると知り、ちょっと寄ってみたくなりました。

さて、暑い中、汗をかきながらテクテク歩き続けて、ようやくお店に到着。

中に入ると、全体的にウッディな設えで、なんだか山小屋にいるような感覚になりました。

ランチメニューは「カレーライス」または「サンドイッチ」の2つのみで、コーヒーが付きます。私はカレーにしました。

シンプルイズベストなカレー。

店内には登山グッズがあちこちに飾られていて、ホント山小屋にいるかのよう。

このお店は、お食事よりも、スイーツメニューの方が充実している感じです。

もっと早くに入店しておけばよかったなぁ…。


金神社


ランチを食べた後は、すぐ横にある金神社こがねじんじゃを参拝しました。

黄金の鳥居が目印です。(これは昨年11月に撮った写真)

岐阜へ行くたびに、ここには毎回立ち寄っています。
実は初めて岐阜を訪れた時、ふらふら歩いていたら、たまたま偶然ここに辿り着いたんですよ。以降、ご縁を感じて毎回お参りしています。

毎回参拝するごとに、金運アップ&商売繁盛を真剣に祈願。

金神社というだけあって、仕事運や金運を願う人々が参拝されている神社です。

いつものようにお参りした後、拝殿の横にあった『おもかる石』を持ち上げようとしたら、石が無い!「あれ?どこに行ったのかしら?」と探したら、お稲荷さんの横に立派な社が新しく建てられていて、そこに安置されていました。

これが、おもかる石。

願い事を念じながら持ち上げて、予想より重く感じたか?軽く感じたか?で、願いの叶い度を占う…というものです。ちなみに軽く感じると、願いが叶いやすいとのこと。

今回の私は…。ズシリと重く感じましたわ(悲)。

最後におみくじを引いてご神託をいただき、神様に感謝申し上げて、神社を後にしました。


余談ですが、市街地のアーケード街を歩いていると、こんな感じで古い建物がポンと出てきます。

今も営業中なのがすごい!

バブルの波に飲まれず、昭和の雰囲気をそのままそっくり残して、今も現役中…というところに感動します。岐阜の街中には、こうした古いお店や建物がポツリポツリと残っていて、そこが大きな魅力になっています。


長良川鵜飼の船乗り場へ


途中、路線バスに乗って、長良川の方へ向かいました。
バス停「長良橋」でバスを降りて、少し歩きます。

「うん?どっちへ行けばいいの?」初めて訪れる場所なので、よくわからないけど「こっちかな?」とカンを働かせて歩いていたら、見えてきました!

岐阜といえば…そう!長良川鵜飼です。
県民だけど、私、鵜飼のことを何も知らないんですよ。体験したこともありません。
そこで「どんなところでやってるのか?」この目で確かめたくて、ちょっと寄ってみました。

鵜飼は夜に行われるので、日中の今はお休み中。
この時間帯は観光客の姿はなく、ひっそりしていました。

ここが観覧船待合所。
鵜飼文化について記された看板。

鵜飼とは、鳥の「」を巧みに操って、川魚を獲る漁法のことです。ここ長良川では7世紀から鵜飼が始まり、以降、織田信長に愛され、また、徳川家からも特別な権限を与えられて、長く大事にされてきました。更に明治になると、長良川流域の3か所が皇室専用の御猟場(現在の御料場)と定められて通年の禁漁区となり、さらに鵜匠は宮内省主猟寮の所属となりました。

ぎふ長良川の鵜飼」サイトより

1300年の歴史がある長良川鵜飼。
令和の今も、御料鵜飼は脈々と執り行われていて、シーズン中に8回、皇室に納める鮎を捕るそうです。この時、鵜匠たちは、普段は禁漁区となっている長良古津地区にて、宮内庁式部職鵜匠の職務として漁を行うとのこと。

すごいなぁ。カッコいい。


さて、長良橋の下には、こんな顔出しパネル(下)がありました。

あなたも鵜匠になれる。

ここから船が出で、鵜飼が執り行われる様子を観覧するのですね。

鵜飼は英語で「Cormorant Fishing」と言うのか…。なるほど勉強になります。
篝火かがりびを焚いて古式ゆかしく執り行われる長良川鵜飼。一度見てみたいなぁ…。

夜になると、ここは観光客で大賑わいなんでしょうね。今は静かだけど…。

さて、この後は、近くにある古い町並みを歩くことにしました。


岐阜市の古い町並みを歩く


長良橋南の鵜飼の場所から西へと延びる一本道。
ここが、岐阜市の古い町並みです。

この筋は湊町・玉井町・元浜町と続きますが、これらをまとめて「川原町」と呼ぶそうです。

飛騨高山にも古い町並み地区があるけど、岐阜市の町並みは壁面が黒く塗られている家が多くて、シックな感じがします。

玄関先には「岐阜提灯」が吊り下げられていました。

「岐阜提灯」は、岐阜市の工芸品で、美濃和紙と岐阜の竹を使って作られています。間近で見ましたが、繊細で美しく品がありますね。

提灯が似合う町並み。しっとりと情緒的です。

2階部分の家と家の間には「うだつ」がありました。
格子がある家。これは何を入れておくもの?
ここにも岐阜提灯。ガラス戸の向こうにあるのは籐の乳母車でしょうか。
木製の掲示板
2階部分の黒い壁は、黒漆喰かな?

建具の細工の美しさや黒漆喰の壁から、当時の大工や職人が腕によりを振るって建てた家であることが伝わってきます。

間近で見ると、やっぱり美しいなぁ…岐阜提灯。

この通りを歩いていたら、昨年訪れた郡上八幡の町並みを思い出しました。

うだつがある町並みで、商業化していない街の雰囲気が、郡上八幡にどこか似ているなぁ…と思いました。


…と、途中で銀行のATMを発見。

新しい建物だけど、街の景観に合わせて建てられているので違和感はなし。
このATMは十六銀行さんのもの。古い町並みに溶け込んでいました。
十六銀行の初めての出張所がここ…ってことかな?明治30年の話。

新しいものや現代的なものも、景観に合わせて上手に組み込まれているから雑さがなく、落ち着いた感じがします。

自販機も景観に合わせてダークな色。
素敵な建物を見つけました。和風のようでどこか西洋風でもある。
こちらは、建物は和風だけど、前出の庭は西洋風。
横の壁面も丁寧に黒く塗られていて素敵。
鵜が描かれた提灯。
狛犬ならぬ狛猿さん。奥に庚申堂がありました。
こちらのお猿さんは念珠をもっていました。
お堂に行くと、「見ざる」「聞かざる」「言わざる」がいらっしゃいました。
このまま真っすぐ行くと、織田信長の道と斎藤道三の道があるらしい…。すごいな岐阜。

古い町並みはここまでのようです。

ターンして、もと来た道をまた歩きます。

筋の途中にぽつぽつりとカフェやお店があります。
一般のお宅の前に「景観重要建築物」と記された小さな碑がありました。


オールブラックでカッコいい✨

途中で、ちょっと横道にそれてみました。

黒壁の間を通る小径。クールだなぁ✨一目ぼれしたこの道を歩いてみたくなりました笑。

何処へ行くのかな?ワクワクしながら進んでいくと、緑が見えてきましたよ。

この道の先は公園のようです。

小径を抜けると、視界が開けて、一面緑の見晴らしのいい所に出てきました。
案内板によると、ここは「河原町広場」というようです。

この地図を見て、位置を確認。
いい香りがするなぁ…と思ったら、シロツメクサが一面に咲いていました。
公園横を流れる川。

公園の中に、まだ置かれて新しい石碑があるのを見つけました。
ナニナニ?狂俳発祥之地…!?

ここって狂俳の発祥の地だったのね。

狂俳とは、川柳のように季語が入っていない句で、川柳よりも更に字数を少なくしたものです。

狂俳は季語にとらわれずユーモアを交えて五七又は七五のわずか12文字で表現する句を作ります。 (中略)
今からおよそ250年前、伊勢の俳人で三浦樗良(ちょら)という人が、俳句の頭五文字を題として、残り十二文字でその題を表現する遊びを考えたのが始まりであり、その面白さから狂俳と呼ばれるようになり、今日にいたっています。

狂俳の手引き」より抜粋

高山では「狂俳」を趣味にしている人を身近であまり見たことが無くて(←これも飛騨と美濃は文化が全く違う説の一端)、私もあまりよく知らない未知の世界なんですが、美濃地方では狂俳の団体が結成されていて、今も盛んに活動されているようです。
なんと、今年2023年は、狂俳が誕生してちょうど250年目なんだそうですよ。
ここにも私の知らない岐阜市がありました。

岐阜公園で一休み


公園を出て、少し歩くと、岐阜公園に辿りつきました。

金華山と岐阜城。

今日は時間がないから、岐阜城に登るのは諦めて、麓の無料休憩所で一休みすることにしました。

プレミアムソフトクリーム。450円なり。

休憩所のテレビで大相撲中継を見ながら一休み。暑かったから、冷たいアイスが五臓六腑にしみわたる…。

この日の岐阜公園は、平日の午後だからかな?人がいなくて静かでした。

お茶を買いに自販機へ…。
船頭募集のポスター。鵜飼っぽさをあえて消しているのでしょうか?
武将コインロッカー。お好きな武将をお選びください。

さて、時間が押してきたので、急いでバス停に向かいました。

JR岐阜駅に戻る


路線バスに乗って、JR岐阜駅へと向かいました。岐阜公園から岐阜駅までは、バスで20分くらいかな?

ぼんやり車窓を眺めているうちに、駅に到着しました。

お散歩後半は雨が降りそうなお天気でしたが、ぎりぎり持ちこたえてくれました。

最後に駅内の売店でお土産を買って帰ります。

岐阜といえばこれ。金色の信長様。
そして、キムタク信長様にも礼拝。

あぁ~いっぱい歩いたなぁ。スマホの万歩計を見たら13,000歩でした。

この日の岐阜市は30℃。
暑くかったけど、楽しいお散歩でした。

おしまい


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Emiko(シモハタエミコ)
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