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教育に科学的視点を強化する必要性(後編)| 【月刊 学校法人】連載企画 2023年8月号
月刊「学校法人」に連載している「教育テックで変える未来社会」から、過去掲載された記事をnoteでご紹介させていただきます。
転載元:月刊 学校法人(http://www.keiriken.net/pub.htm)
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教育テックで変える未来社会(第5回)
教育に科学的視点を強化する必要性
~教育テック 2.0 ~
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実践で役立つ教育方法の検証
教育データが取得でき、新たな教育方法を推論できたとして、教育改善のためにエビデンスをフィードバックするためには、その仮説を検証する機会が必要である。 医学に目を向けると、教育に比べて幾分、科学化が先行している。90 年代から、「エビデンスに基づく医学(evidence-based medicine: EBM)」 が活発化し、いわゆるプラセボ効果を測る試験である「ランダム化比較試験(randomized controlled trial: RCT)」が行われ、これによってそれぞれの介入(intervention)が有効かどうかを判定している。
EBMの過去を振り返ると、医学でのRCTに対する倫理的判断にも困難の歴史があった。 RCT臨床試験は基本的に被験者のためではなく、被験者を材料にして将来の患者のためにエビデンスをつくるイメージから、患者にとって 自分の病気を治すことを第一義としていないとされた時代がある(津谷、2011)。
「人体実験」というイメージ先行の抵抗
教育においても同様に、「人体実験」というイメージ先行の抵抗が予想される。この課題に対し、医学領域では「病気を治す」という目的が明確なために臨床試験の存在意義はそれなりに認識された。教育においても、「未来の子どものための教育改善」 と捉えることで存在意義が得られるように筆者は考える。
RCTに代表されるいわゆるABテストは、教育テック2.0にとって重要なステージであるが、 課題して、この類の研究にはインフォームド・ コンセントが必要とされる点が挙げられる。教育分野でのRCTはクラス単位や学校単位での集団で行うことが多くなると考えられ、集団の中で一人でも反対すると介入は不可能になり得る。 また学習者の多くは未成年であるため、保護者 などからインフォームド・コンセントを得ることも多くなり、一般的な実験では問題が複雑化する。
※インフィームド・コンセントとは・・・「説明と同意」のこと。医師は「くすりの候補」を使えば病気に効果があると期待される患者さんに、治験への参加をお尋ねします。患者さんの自由な意思にもとづく文書での同意があってからでないと治験は始められません。この「説明と同意」のことを「インフォームド・コンセント」といいます。
ここに本研究所の存在意義の一つがある。OCCグループは付属園・系属園・短期大学など多数の学校を持つ。我々の学校に入学することは、「未来の教育を一緒に作っていく」ことの協力者であることを、入学者とその保護者に理解してもらうことが大切である。
インフォームド・コンセントに同意することは、その子どもに新しい教育を体験させるだけでなく、背後には100万人の未来の子ども達に恩恵を与える行為であることを理解してもらうことで、本当の意味で新しい教育と言える「実践と研究が融合した未来の学校環境」を作ることができると考える。
短期的な能力向上ではない“生きる力” の検証
医学領域では臨床試験の長期観察も行われている。例えば、高血圧の疾患では、降圧剤の薬効評価として、血圧値を指標とすると数週間で血圧が下がることがわかるが、指標を脳卒中の発生と捉えると長期観察が必要となる。
教育においても同じことが言え、介入した教育の効果を、その場の学力や認知力向上の結果だけで判断するのではなく、長期観察した結果どのように成長したかを観察する研究も必要となる。
長期観察の海外における事例
そのような教育の長期観察研究は、海外ではいくつかの実績がある。例えば、1960年代に アメリカの低所得アフリカ系アメリカ人を対象に行った「ペリー就学前計画」は、3~4歳児123名を観測し、就学前教育の有無によって 40歳になった際の経済的効果に影響があることを提示した(Heckman, 2006, 2013)。その他にも、NICHD(National Institute of Child Health and Human Development)やEPPE(Effective Pre- school and Primary Education)など海外では幼児期の教育介入に対する長期観察が行われている(O’connor & McCartney, 2007)(Sylva et a l . , 2011)。
これらの結果や調査手法は、日本でも参考にはなるが、Mooney, et al.(2003)は「就学前教育の質は文化に依存するものである」と述べており、日本の文化に対応した就学前教育に対する縦断調査が望まれる。就学前教育の影響だけでなく、初等、中等など各フェーズでの特徴的な教育介入が成人になった際にどう影響しているかは、大規模な縦断研究によってのみ明らかにされ、日本の教育設計を問う意味でも 重要な研究と考えられる。
おわりに:教育テック10のパラダイムシフト
本稿では、教育目標を改めて確認し、教育テッ ク2.0によって教育を科学化し実践にフィード バックする必要性について述べた。
具体的には、 学習者の状態を自動記録する学習カルテや学校・ 教員の教育方法の評価スケールの必要性、教育テック2.0の現状と、実践へのフィードバックで必要となる検証に関して述べた。
本研究所では、今後取り組むべき重点項目と して『教育テック10のパラダイムシフト』を定めている。ここでも「教育の科学化のパラダイムシフト」として文理融合“教育理工学”の必要性をはじめ、「教育効果検証のパラダイムシフト」として教育の効果(Want、Can、Must)を1年、3年、5年、10年後まで長期効果検証する必要性、また、「教育の政策効果のパラダイムシフト」として、現在の教育管理を超えて、学ぶ者中心の継続改善の必要性も提示し活動している。
これらの実現には、学校の在り方に大きなパラダイムシフトが求められる。教育テック実現には学校経営の変革が必要であると考えられ、「教育経営のパラダイムシフト」も重要である。 我々人類の発展は科学が支えてきた。ローマの道は一日にしてならず。研究と実践が相互に連携する教育学は、研究者のみならず教育者と 一緒に前に進めて行きたい。
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【参考文献】
(3)津谷喜一郎(2011)「日本の E B M の動きか らのレッスン ―前車の轍を踏まないため に―」国立教育政策研究所紀要、第 140 集、 pp.45-54
(4)Heckman, J. 、古草秀子(訳)(2015)『幼児 教育の経済学』東洋経済新報社
(5)Sylva, K., Melhuish, E., Sammons, P., Siraj- Blatchford, I.(2011)“Pre-school quality and educational outcomes at age 11: Low quality has little benefit”, Journal of Early Childhood Research (9 2), pp.109-124
(6)O’connor, E. & McCartney, K.(2007) “Examining Teacher-Child Relationships and Achievement as Part of an Ecological Model o f D e v e l o p m e n t ” , A m e r i c a n E d u c a t i o n a l
Research Journal 4(4 2), pp.340-369
(7)Mooney, A., Cameron, C., Candoppa, M., McQuail, S. & Petrie, P.(2003)“Quality: Early years and childcare international
evidence project”, London: Sure Start
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(著者紹介)
河﨑 雷太(かわさき らいた)
OCC教育テック総合研究所 副所長、大阪キリス ト教短期大学 幼児教育学科 教授、図書館長、副 学長。 専門はバーチャルリアリティ。大阪大学大学院 にてモーションキャプチャデータの動作個性のリ ターゲッティングやモーションセンサーデバイス の簡易化の研究にて学位取得。 現在は、プログラミング教育の題材に 3D C G を 導入し、バーチャル箱庭の作成を目標とすること で、プレイフルで主体的に学ぶ情報工学教育に取 り組む。
根岸 正州(ねぎし まさくに)
OCC教育テック総合研究所 所長、学校法人大阪 キリスト教学院(OCC) 理事長、大阪キリスト教短 期大学 教授(教育テック)。 専門は、非営利組織の経営、企業の社会性戦略
(CSR/CSV)、教育・医療・介護および不動産領域の イノベーション、デジタル組織のデザイン等。 主な著書に、『図解 CIO ハンドブック 改訂 5 版』
(共著、日経 BP、2018 年)、『御社の意思決定がダ メな理由』(共著、日本経済新聞出版、2018 年) がある。
織田 竜輔(おだ りょうすけ)
OCC教育テック総合研究所 上級研究員、大阪キ リスト教短期大学 特任教授。 実務家教員、学校経営ディレクター。『環境ビ ジネス』編集室長、月刊『事業構想』編集長、月 刊『先端教育』編集長を務め、全国の初等教育~ 高等教育、社会人教育、リカレント・リスキリン グ教育を取材、専門職大学院において社会人向け の教育・研究プログラムを企画・実施した後、現職。 環境・教育・メディアを研究。
転載元:月刊 学校法人 http://www.keiriken.net/pub.htm
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