見出し画像

教育現場におけるICT導入の徹底度合いとその効果(中編) | 【月刊 学校法人】連載企画 2023年6月号

月刊「学校法人」に連載している「教育テックで変える未来社会」から、過去掲載された記事をnoteでご紹介させていただきます。
転載元:月刊 学校法人(http://www.keiriken.net/pub.htm

前編記事はこちら



「教育テック Dip & Jump 理論」の紹介


ここで、当研究所の考える「教育テック Dip & Jump 理論」について触れる。上図は、急速な(あるいは無計画の) ICT導入は、教育の提供者(例:学校・教員)、利用者(例:生徒・保護者)のICT活用の程度が追いつかず、教育の品質・生産性 3) を一時的に低下させるのではないかという理論モデルである。

図 教育テック Dip & Jump 理論モデル

●教育テックの導入に対して、その効果が発揮されるには必要な条件(変数)があるのではないか

 唐突なコロナ禍の始まりによって、ICTに関するリテラシーが提供者、利用者全員おざなりな中、突貫工事的に新しい教育プロセスを導入せざるを得なかった。これにより、一部の業務の合理化は進められ、スマートフォンや Surface機器が教育現場に導入され、メーカーからの定期的な機能アップデートによって、手放せなくなった人も少なくないだろう。  
 一方で、先に述べた通り、ITに不慣れな利用者のためにアナログとデジタルの二重運用を余儀なくされたり、実証や検討の準備期間が十分にとれず、シミュレーションが不十分なままに、 当該現場の業務に不適合な ICTサービスが導入されてしまったりしたことも事実である。本来は、計画的に取り組むことで、教育の品質・生産性を最大限に引き上げる努力ができたはずだ が、実際は多くの教育現場において著しく教育の品質・生産性が失われてしまった。
 しかし、当研究所としては、現在のこのフェーズは、一部の現場や業務で効果が現れ、他方では効果が出ておらず平均すると総体として教育 の品質・生産性が伸び悩んでいるという、あくまで小康状態であって、アナログでの「校務処理」 や「授業を含む教育活動」を向上させるための試行錯誤の段階に過ぎないのではないかと思料する。
 教育現場は今日まで、コロナ禍を通して実際のICTサービスに触れながら、対策前進(トライアンドエラー)をしてきた。これからの成功のための失敗を繰り返す必要な修行期間であったと言える。今こそ現在発生している問題を課題に落とし、計画的で網羅的な対応をしていくタイミングなのではないか。

 今後、各現場にある課題が全体的な視点のICT化によって最適になり、生徒の学習データ と教員の校務データが一体化し始めた時、教育の高度化が促される。そこで初めて、正しく校務・ 教育プロセスが整流化され、教育の品質・生産性が飛躍的に向上するだろうと当研究所は考えている。

●先行研究:他業種ではどうか

 アメリカでは、80年代以降急速に進んだIT化と生産性の正の関係が確認されず、MITのロバート・ソロー教授が「膨大なIT投資が行われたにもかかわらず、生産性の上昇が統計的に確認できない」という「ソロー・パラドックス」(1987)を発表し、広く議論されてきた。しかし 現在では、GDP統計の改訂もあって 90年代後半には生産性の上昇が統計的にも確認され、IT化の進展が近年の好景気の一つの源泉であるという見方が有力になっている。
 このように、IT投資の効果の発現にはある程度のタイムラグがあることが世界的に証明されている 4) 。それでは、そのタイムラグがなぜ発生するのか、タイムラグをできるだけ短縮するにはどのような対応が必要なのかについて述べたい。

4)ここでは生産性についてのみ着目したが、企業のIT投資の評価方法や効果測定は、生産性のみではない。例えば日本企業においても、高度経済成長期時代を過ぎた頃から、経営環境がますます厳しくなり、IT投資に対してシビ アな目を向ける経営者は多く、ICTサービス単独では「売り上げの拡大」「コストの低減」に直接的に関連することが多くない。一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)・野村総合研究所(NRI)「デジタル化の取り組みに関する調査」(2020)によると、課題解決において最も重視する効果指標として、多くの企業が「顧客の満足度や行動に関わる指標」を 1 位とした。その他個別のケースに対して、様々な定量あるいは定性的な評価手法がある。


 ITと労働生産性に関する研究の第一人者であるMITビジネススクールのエリック・ブリンジョルフソン教授らによる新しい研究(2017、 2018)によると、「近年、生産性は低迷している が、これは将来の伸びを否定するものではない。 人工知能の登場によって再び生産性が急上昇す るのは時間の問題であり、現在の鈍化は一時的な小休止に過ぎない」とし、AI技術の発展、ユー ザーや企業の意思決定者の情報リテラシーの涵養に伴い、今後大きく労働生産性が向上するだろうという見方を示している。
 歴史的に見ても、産業革命(電気やエンジン の登場)の効果の発現(GDP成長、生産性の急 上昇)には30 年かかり、IT革命の効果発現にも20年程度を要した。第4次産業革命と呼ばれているが、IoTやAIの汎用目的技術の革新がその効果を発現するのも、人類の絶え間ない努力が前提だが、時間の問題であると考えられる。
 テクノロジーがその可能性を真に発揮するに は、社会的インフラの整備、そして各企業内の組織やオペレーションの再設計、新しいビジネス構造の構築、情報リテラシーの涵養、従業員のスキルトレーニングなど、数多くの「補完的なイノベーション」が必要である。これは現場レベルの業務の単純な合理化、個別最適化(ICT機器の単純な導入やペーパーレス化等)だけで はなく、各企業や国家として、情報リテラシー の社会的な教養化や組織的・人的な取組みによっ て初めて、相乗効果としてテクノロジー導入の真価が発揮され、業績に寄与するということである。
 経営層の関与が消極的であり、かつ、経営・組織改革や働き方改革を含む補完的イノベー ションを伴わない投資が十分な成果を上げられなかったために、将来の投資をためらう理由になってはいけない5)。

5)トップダウンでの推進体制をとるため、組織改革の一例として、事業活動における ICT の導入・利活用をミッショ ンに持つ CIO(最高情報責任者:Chief Information Officer)や CDO(最高デジタル責任者:Chief Digital Officer) を設置し、その直属の組織により ICT の導入・利活用を進める手法がある。教育 CIO 設置の意義については、連載第2回(5月号)を参照。

▼続きはこちらをご覧ください。

(著者紹介)
小川 悠(おがわ はるか)
野村総合研究所(NRI)産業ITコンサルティン グ一部 シニアコンサルタント。 専門は、流通・サービス業におけるDX戦略策定、DX施策実行・推進支援。特に、青少年のインターネットリテラシーの向上、教育事業におけるAI企画の導入・ブランディング検討、非認知能力の測定・向上方法の検討。

根岸 正州(ねぎし まさくに)
OCC教育テック総合研究所 所長、学校法人大阪キリスト教学院(OCC) 理事長、大阪キリスト教短期大学 教授。 大手シンクタンクにて、民間大企業、省庁、私立大学法人等の顧客に対して、経営戦略コンサル ティング業務を提供後、現学校法人を事業承継し理事長に就任。短期大学の他、幼稚園・保育園・ こども園を計9園、IT企業や不動産業、人材紹介・ 派遣業を経営。

織田 竜輔(おだ りょうすけ)
OCC教育テック総合研究所 上級研究員、大阪キリスト教短期大学 特任教授。 実務家教員、学校経営ディレクター。『環境ビジネス』編集室長、月刊『事業構想』編集長、月刊『先端教育』編集長を務め、全国の初等教育~ 高等教育、社会人教育、リカレント・リスキリン グ教育を取材、専門職大学院において社会人向けの教育・研究プログラムを企画・実施した後、現職。 環境・教育・メディアを研究。

転載元:月刊 学校法人 http://www.keiriken.net/pub.htm



教育テック大学院大学について

📢入学に関する説明会を順次開催中!
申込はこちらから