教育界におけるテクノロジーの果たす役割の変遷 | Focus on people
株式会社デジタル・ナレッジにて代表取締役COOを務められる吉田 自由児氏に、同社の今まで そしてこれからの取り組みについて、教育テック学および教育テック大学院大学への期待やアドバイスについてお話を伺いました。
【略歴】
早稲田大学理工学部情報学科卒業、研究室ではCAI班に属しeラーニングの前身であるCAIを研究。スタジオジブリ 東小金井村塾1期生として高畑勲監督に師事。
株式会社デジタル・ナレッジ 代表取締役COO、株式会社デジタル・ナレッジ教育テクノロジ研究所 所長、株式会社デジタル・ナレッジ・ユニバーシティ・ラーニング 取締役、特定非営利活動法人デジタルラーニング・コンソーシアム 資格制度e-Learningエキスパート講師(「eラーニングテクノロジ」と「LMS活用技術」を担当)。
教育を流通させる価値
Q. 「学びの架け橋」となることが御社のミッションと理解しておりますが、今までのお取り組みで実現出来たことについてお伺いさせてください。
1995年の創業以来、弊社は 「学びの架け橋」をミッションとし、 教えたい先生と学びたい受講者をテクノロジーの力で橋渡しする事に特化して活動しております 。よく 「おにぎり」の例でお話させて頂くのですが、かつては おにぎりの製造・販売は、 お惣菜屋さんやお弁当屋さんの奥の厨房で作られ、その店頭で販売するという、製造と販売が一体化したモデルでした。その後、 コンビニエンスストアの登場により、 おにぎりは工場で大量に作られ、物流によって全国の店舗に届けられ販売するというモデルに変化しました。製造と流通・販売が分離したのです 。この製販分離の観点で、教育も「おにぎり」に近いものがあると捉えており 、教材制作 と教育実施は分業として成り立つのでは?というのが「学びの架け橋」の原点です。そして、この学びの架け橋の活動を通し、テクノロジーを活用することで 、受講する側の金銭的・時間的・物理的な障壁等を取り除くことが出来たと思います。
この「学びの架け橋」は、当初のコンセプトから拡張しており、教える側と学ぶ側を結ぶだけではなく、教える側の電子化された教材を活用し、他のお客様や海外へ流通する「教育流通」に発展しました。教育流通を通して、電子化された教材を様々に流通するという新たな 「学びの架け橋」も誕生したのです。
私たちが中央アジアのウズベキスタン共和国で展開する私立大学、ジャパン・デジタル・ユニバーシティ (JDU)では、日本の通信制大学さんたちが元来日本の学生向けに開発した教育をウズベキスタンの学生に展開しており、まさに教育流通的な 「学びの架け橋」を築けています。
Q. 生徒へ個別最適な学びを提供する取り組みと、教職員の働き方改革はトレードオフの関係と考えられる場合もあるが、テクノロジーの貢献についてはどのようにお考えでしょうか?
教職員の現場にはまだまだDX化の余地があると思っており、テクノロジーを使った効率化を進める事が出来ると思っています。個別最適化については、教職員の経験や勘に頼るのではなく、ある生徒の弱点や それに対応した過去のパターンをデータとして蓄積し 同様の生徒にデータエビデンスベースで対応する個別最適化されたアダプティブな学習環境ができつつあります。 このような活用を進めることで、テクノロジーが 個別最適な学びと教職員の働き方改革の双方に貢献 出来ると考えています 。
それが実現された世界で先生は何をやるのか?というと、単純に教える事では無く、生徒へ寄り添い、学び方を指導したり、相談に乗ったり、生徒の未来への指針を示す、 コーチング的な役割が求められると言われています。
民間の一部の学習塾ではこの傾向はすでに生じていて、生徒が学ぶのは生身の人間からではなく動画収録された動画で、自分のレベルや学ぶべき内容の教材を選択して学んでいます。それをチューターの先生が指導したり相談に乗ったりして学習を促進しています。この動画教材を中心とし人間のチューターが指導するモデルは、むしろ旧来の手法より好評を博し、スタンダードな学び方として定着している感があります。
eラーニング だけではなく、その後の実地研修も重要
Q. テクノロジーを活用した教育と、実地・対面での教育のバランスについては どのようにお考えでしょうか?
初等・中等教育等は実地で行う方が規律が高いと考えていますが、一方 企業内研修においては効率化の側面もあると思うのでeラーニング が有効と考えています。私が考える企業内研修は2種類あり、座学で学べるような一般教育を「ノン・コア」、製造業や飲食店・接客・サービス業において実地トレーニングを要する企業の根幹を支える業務の研修、その企業の経営を支えるようなものを「コア」と呼称しています。
ノン・コアについては業務上必須なハラスメント教育や情報保護対策をはじめ、一般的なスキル研修やリテラシ研修などをeラーニングで学び、 効果測定を行い評価するのが一般的です。eラーニングは学習履歴が記録されることから、プライバシーマークなどの全社教育の実施エビデンスとして活用したり、リスキリングの一環で様々な教材から学びたい内容を学び、学んだ履歴をもとにスキルを可視化することもできるでしょう。
一方、コアについては人材育成が即企業の業績につながるものであり、より重点を置かれているように感じます。一例を挙げると工場の作業手順や調理手順、接遇マナーなどをトレーニングする際に、動画による事前学習を行った上で その後実地にて何度も何度も繰り返しトレーニングを行って 技能やスキルを定着させる という活用があります。
同じ企業内研修でも、様々な重点の置き方があるのだと思います。
各国の文化的背景等も理解してコンテンツを考えなければいけない
Q. 御社では日本の教育プログラムを海外へ展開されていると思います。日本のプログラムに対して、海外各国の反応は如何でしょうか?
当社が海外展開しているのはいわゆる発展途上国が多いのですが、中でも日本への親しみや尊敬の念が高く、親和性が高い国々が中心です。世界的に日本の漫画やアニメで育った世代が増えているため、日本への理解や親しみが広がっているのを感じます。なかでも当社が重点的に展開しているウズベキスタンは大の親日国であり、日本の文化や技術に対して敬意をもっていただいているため日本の教育が受け入れられる素地がありました。
日本の教材に関して言いますと、他国の教材に比べ、日本の教材は丁寧に作りこまれており、図解や漫画の手法を取り入れて受講者に理解されやすいように構成されている教材が多い印象です。これは他国にはあまりない傾向で、他国の学習者に学習内容を分かりやすく伝え理解してもらうのに日本の教材は非常に役立つと思っています。たとえばExcelの本を手に取ると、日本の本と英語で書かれた本を比べると、その導入の敷居の低さ、分かりやすさの違いは一目瞭然です。
もう一点、トランスレーションとローカライゼーションには気を付けております。日本語を外国語に一字一句正確に翻訳するトランスレーションではなく、各国の教育カリキュラムへの対応はもちろん、文化的背景等も理解した上で教材を作るローカライゼーションを行わないと受け入れられにくいと感じています。たとえば当社が展開するウズベキスタンは世界で2か国しかない二重内陸国(海に出るのに最低2回国境を通過しなければならない)であり、海や魚には馴染みがありません。日本の算数の問題「太郎君はおつかいで1000円を持って魚屋さんに行き、1尾80円のアジ5尾と1尾150円のサバを3尾買いました。おつりはいくらでしょう?」 この問題をウズベキスタン向け教材にしようとすると、どういう文章にしますか? というとローカライゼーションの意味がお分かりいただけるかと思います。
テクノロジーを如何に使いリードしていくのか?
Q. 教育テック学に期待されること、未来の教育テック学(2040年を想定)はどうあるべきか?お考えやアドバイスをお伺い出来るとありがたいです。
学校経営のプロフェッショナルがまだまだ少ない印象を持っています。ご一緒にお仕事をさせて頂いた中で様々な学校法人様から、学校経営に携わる人材が欲しい、学校の運営が分かる人を事務局の中核人材に据えたいというお声を伺った事もあり、この層の人材が極端に不足しているのを感じました。また、少子化を迎え、学生の数が右肩下がりに減少し、学校に求められる役割や価値観が多様化する中、学校経営も従来の手法をただ踏襲すればいいというわけでなく、発展のために様々な取り組みや改革を推し進めることが求められています。ただ、これらの諸問題に対応するだけの経営基盤や経営ノウハウが学校側に不足しているのだろうと思います。教育のプロフェッショナルが学校経営のプロフェッショナルとは限らず、学校経営を専門的かつ体系的に学べる御校の取り組みは大変重要だと思います。
テクノロジーに関して、2040年というと、いわゆるAIのシンギュラリティを超えて、AIが産業界全般での影響力を増す時代になると推測します。そのAI時代に、人はなぜ学ぶのか、いかに学ぶのかをテクノロジーの視点で探求することは極めて重要になると思います。
いかに学ぶかという観点ではエビデンスベースの学びが中核をなすと思います。ただエビデンスベースで一つのゴールに向かって演繹的なアプローチで学ぶだけでなく、偶然の出会いから発展するセレンディピティの要素など、様々なことを考慮し取り入れた環境も必要だと思っています。そういう視点を涵養する学びを進めていただき、教育業界の現場でテクノロジーを活用できる教職員や教育産業に携わる方々が増えれば良いなと思っています。
eラーニング元年と言われた西暦2000年以降を見ても、ITテクノロジーは進化し続け、スマホといった新たなツールが普及し、ECは購買行動にも大きな変化をもたらし、SNSなどの情報発信者と受領者の区別がないメディアが登場したり、データサイエンスによる価値の創出が行われたりしてきました。これらテクノロジーは既存の在り方・常識を覆してきました。そしてAIや生成AIの登場は、さらに強烈なインパクトと爆発的な進化をもたらすことでしょう。テクノロジーを如何に使い生徒をリードしていくのか?という事が未来の教職員のテーマになってくると思います。
教育現場においてテクノロジーの活用が進んだ際、先生はどのような役割が求められるのか?このテーマについては お話をお伺いしながら考えさせられるものがありました。研修・教育についてはテクノロジーだけではなく それを補完する実地での繰り返しも重要とのご意見、共感いたしました。
(取材者:編集部・笠原)
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