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教育テックでグローバルでの教育の質向上と経営革新を(中編) | 【月刊 学校法人】連載企画 2023年7月号
月刊「学校法人」に連載している「教育テックで変える未来社会」から、過去掲載された記事をnoteでご紹介させていただきます。
転載元:月刊 学校法人(http://www.keiriken.net/pub.htm)
前編はこちら
教育テックで変える未来社会(第4回)
教育テックでグローバルでの教育の質向上と経営革新を
~日本の学校経営の「ガラパゴス化」からの脱却~
学校の経営革新に経営学の理論を適用する
学校の経営革新の方法の一つとして、学校や教育委員会が経営学の知見を取り入れることを挙げたい。学校経営は、教育の内容とともに、 国の制度とも深く関係するので、両者を論じるべきであるが、本稿では経営学の視点で述べる。 経営学者の伊丹敬之によれば、「経営する」の定義は、「組織で働く人々の行動を導き、彼らの行動が生産的でありかつ成果があがるようなものにすること」であり、経営学の目的は、「経営現象の理解のための枠組み、概念、理論の提供」「有効な経営行動の提示と、それがなぜ有効かの論理の提供」と位置づけ、経営学の全体像として、「未来への設計図を描く」「他人を通して事をなす」「想定外に対処する」「決断する」と捉える1)。
1) 伊丹敬之(2023)『経営学とはなにか』日本経済新聞出版。
これらの定義、目的、全体像は、経営学がその主な対象としてきた企業経営に限らず、学校経営にも当てはまるはずである。 では、経営学の理論は、学校経営の革新にどう役立つだろうか。経営革新に深い関係のある代表的な経営理論を3つほど取り上げて考えて みたい。
1.破壊的イノベーション
破壊的イノベーション理論で著名なクレイトン・クリステンセンは、著書『Disrupting Class』(邦訳:教育×破壊的イノベーション)2) で、同理論を米国の公教育(幼稚園~高等学校) に当てはめ、学校がなかなか改善できない理由 と、こうした問題を解決する方法、学校における破壊的イノベーションの方法について考察している。
2) クレイトン・クリステンセン、マイケル・ホーン、カーティス・ジョンソン(2008)『教育×破壊的イノベーショ ン 教育現場を抜本的に変革する』翔泳社。
クリステンセンは、同書の中で「人によって学び方が違うのに、なぜ学校は教え方を変えら れないのか」と問題提起し、学校教育のジレンマ(指導の標準化 VS 学習の個別化)を指摘した。 従来の工場モデル型の学校で、経済的に個別化を行うことは不可能とし、生徒中心の学習シス テム(未来の教室)で個別化する実現可能性をテック活用に求めている。しかし、テック活用を従来の教育と同じ方法で用いてしまうと、従来と同一の知性のタイプしか満足させられない。 それは、破壊的イノベーションではなく、従来の教育方法を強化する持続的イノベーションに過ぎない。こども一人ひとりに最適な学びを提供するためのテック活用は、生徒中心の学習システムである必要がある。さらに、その根拠となる教育分野の研究の大部分が相関関係に留まり、因果関係を解明していない問題を指摘し、 当該分野で支配的パラダイムであるベストプラクティスの研究や、教育全体にわたって平均的に何が役に立つかといった研究は、もはや通用しないと断じ、さまざまな状況に置かれた一人ひとりの生徒にとって何が有効かを理解する方向に向かわねばならないと指摘している。 では、破壊的イノベーションを教育に適用したらどうなるか。「テックを破壊的に導入する」 とは、具体的にどのようなことだろうか。 持続的イノベーションを前提とした場合、せっかくテックを活用した場合でも、既存の一斉授業の方法を単にデジタルに置き換えるだけでは破壊的イノベーションとは言えない。一人ひとりのこどもたちの興味・関心、特性や習熟度を無視した一斉授業の方法では、教育の効果は変わらない。今の授業方法を効率的に改善するだけでは、破壊的イノベーションとは言えない。 つまり、一斉授業のような今のカリキュラム体系そのものを根本的に考え直す必要があるだろう。 今のところ、学習指導要領に掲げられた「個別最適な学び」は現実としてほぼできていないし、できていたとしても学校で過ごす時間のごくわずかに過ぎない。先進的と言われる学校においても、変革の余地はかなり大きいのではないか。
2.SECI モデル(組織の知識創造理論)
著名な経営学者であるドラッカーは、著書『Post-Capitalist Society』(邦訳:ポスト資本主 義社会)で知識社会の到来を指摘し、競争優位は知識によってのみ築かれると喝破した3)。
3) P. F. ドラッカー(1993)『ポスト資本主義社会』ダイヤモンド社。
知識の重要性を指摘しているが、組織において知 識はどうやって創造されるのかについては解明 されていなかった。それを明快に説明したのがSECIモデルである。
SECIモデルは、野中郁次郎が 1994年に発表した、組織の知識創造理論として有名で ある4)5)。
4) Ikujiro Nonaka,“A Dynamic Theory of Organizational Knowledge Creation”, Organization Science, Vol. 5, No. 1(Feb., 1994)pp. 14-37.
5) 野中郁次郎(著)、竹内弘高(著)、梅本勝博(訳)(1996)『知識創造企業』東洋経済新報社。
SECIモデルのそれぞれの頭文字は、Socialization:共同化(暗黙知⇒暗黙 知)、Externalization:表出化(暗黙知⇒形式 知)、Combination:連結化(形式知⇒形式知)、 Internalization:内面化(形式知⇒暗黙知)であり、知識創造のプロセスを理論的に明らかにした(図3)。
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(出典)Ikujiro Nonaka(1994)
新たな価値を見出したり、指導法に磨きをかけたり、新たな指導ノウハウを獲得していく(内面化)。そして、この暗黙知が繰り返し共同化、 表出化、連結化、内面化することで、学校は知識を創造していくことになる。
筆者は、ChatGPTをはじめとした生成AIが急速に浸透しつつある現在、形式知化されていない暗黙知に着目するSECIモデルは、AIが生 成できない暗黙知が、暗黙知の創造主体である人間の教育を行う学校や教育機関にとってますます重要な存在であることを示していると考え る。そして、SECIモデルを契機として、知識をいかに創造するかという知識創造の方法に関する研究は、企業経営の分野で盛んに行われた6) が、学校経営においてもそれらの成果を活用で きると考えられる。また、企業と学校の違いを 認識した上で、学校経営における新たな知識創造の方法論を発見していくことも期待される。
6) 例えば、知識創造の環境や条件について、イネーブリング・コンテクスト(知識創造の場作り)が不可欠であることが指摘されている。イネーブリング・コンテクストとは、人々が関係性を築き上げる場であり、それを育む場で ある。知識は「場」に埋め込まれているので、「知識を生み出す場」が不可欠となる。(ゲオルク・フォン・クロー、 一條和生、野中郁次郎(2001)『ナレッジ・イネーブリング 知識創造企業への五つの実践』東洋経済新報社)
3.知の探索・深化の理論(両利きの経営)
知の探索・深化の理論は、ジェームズ・マー チが 1991 年に発表した。企業の経営学研究、とりわけイノベーションを説明する際に需要視される理論である。後にチャールズ・オライリー、 マイケル・タッシュマンが「両利きの経営」という概念で実務に広く適用し、研究することで、 ビジネス界で知られるようになった7)。 先ほどから繰り返し述べているように、教育界にとって経営革新(イノベーション)は待ったなしの状況だ。しかし、イノベーションのアイデアがどこから得られるかはわからない。誰かが始める斬新なアイデアやテックのブレイクスルーを「探索」し、取り込んで、次々に「深化」させて教育の質を飛躍的に高めていく「両利きの経営」が必要である。
7) チャールズ・オライリー、マイケル・タッシュマン(2019)『両利きの経営―「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』 東洋経済新報社。
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根岸 正州(ねぎし まさくに)
OCC教育テック総合研究所 所長、学校法人大阪キリスト教学院(OCC) 理事長、大阪キリスト教短期大学 教授。 大手シンクタンクにて、民間大企業、省庁、私立大学法人等の顧客に対して、経営戦略コンサル ティング業務を提供後、現学校法人を事業承継し理事長に就任。短期大学の他、幼稚園・保育園・ こども園を計9園、IT企業や不動産業、人材紹介・ 派遣業を経営。
織田 竜輔(おだ りょうすけ)
OCC教育テック総合研究所 上級研究員、大阪キリスト教短期大学 特任教授。 実務家教員、学校経営ディレクター。『環境ビジネス』編集室長、月刊『事業構想』編集長、月刊『先端教育』編集長を務め、全国の初等教育~ 高等教育、社会人教育、リカレント・リスキリン グ教育を取材、専門職大学院において社会人向けの教育・研究プログラムを企画・実施した後、現職。 環境・教育・メディアを研究。
転載元:月刊 学校法人 http://www.keiriken.net/pub.htm
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