旅の後に見える景色
星野道夫著「旅をする木」に「16歳のとき」というエッセイがある。
その最後の文を引用する。
33歳から34歳にかけて、私は世界一周の旅に出た。 星野氏の16歳という若さが放つ感性の輝きには及ばないかもしれない。しかし41歳を目前にした今、振り返ってみると、むしろ年を重ねた分だけ感情は深く、繊細になり、感動の質が変化していたように思う。
人は往々にして旅の魅力を、異国での出会いや珍しい食事、見たことのない風景に求める。
確かに、未知との遭遇ほど心を躍らせるものはない。旅の序章で私もそうだった。キルギスの湖畔で息を呑む絶景に出会い、イスタンブールではアザーンの響きに宗教の深さを知り、ヒンバ族の たたずまいに美の概念が揺さぶられた。
そう、旅の本質とは、自身の価値観が根底から揺るがされる体験なのかもしれない。
だが星野氏の言葉が示唆するように、旅が真に私の人生に影響を及ぼしたのは、むしろ帰国後の日常においてだった。
それまで世界の全てと思っていた身の回りの環境、人間関係、日々の悩みが、突如として相対的なものへと変容した瞬間である。
今この時も、あの草原では遊牧民の少女が月明かりに照らされて踊っているに違いないという確信が、私の暮らすここだけが世界の全てではないという感覚を与えてくれる。
この視座は、一度手に入れたら決して外すことのできない特別な眼鏡のようなものだ。もはや、旅する以前の自分には戻れない。
「旅は人生観を変える」という言葉は、ありふれた表現かもしれない。しかし、私の愛する人々には、この言葉の向こうにある旅の真実の輝きを、これからも伝え続けていきたい。
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