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ママの声が聞こえたから、帰ってきたの

子どもと今こうして一緒にいられることを、ありがたく思う瞬間がある。

2014年。秋も深まり日が短くなった頃、私と幼稚園児だった娘は実家に遊びに行っていた。娘は幼い頃から熱性けいれんを繰り返す体質だった。

その夕方、突然「バタン」と後ろに倒れ込む娘の姿を目にした。

私は何度も名前を呼びかけたが、娘はカタカタと震え続け、やがて気を失うように眠り込んだ。

「まさか‥」

触れると体が熱い。熱性けいれんだ。ついさっきまで元気に走り回っていたのに。動揺を抑えながらけいれん止めの薬を使い、すぐに119番を押す。救急車が到着するまでの時間が永遠のように感じられた。

救急車の中、娘は一度目を覚まし、辺りを見渡した。その瞬間、ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、娘の体は再び大きく震えだした。二度目の発作だ。みるみる顔色が悪くなり、再び意識を失った。

酸素飽和濃度を測るモニターが警告音を発する。さっきまで100%あった数値が80、70、60とみるみる下がり、50を切ったところで表示が消えた。

「急いで!」救急隊員が声を張り上げる。娘は息をしているのだろうか。私は怖くて、子どもを見ることすらできなかった。「起きて!」と声を上げた。生きた心地がしなかった。

幸いにも病院についたとき、娘は息を吹き返した。翌日には退院し、普段通りの生活に戻ることができたが、あの救急車内で味わった恐怖は忘れられない。入院中、子どもは私の姿が見えないと泣き続けていた。

数日後、元気になった娘に私は尋ねてみた。
「じいじの家に行ったとき、急にカタカタ震えて眠っちゃったこと、覚えてる?」

娘は首をかしげたが、不意に手を打ち、目を輝かせて話し始めた。「あーー、あの日のことね!」

上気した顔で、娘は続けた。
「あの日はね、私、新しい公園に行ってたの!」

私は面食らった。この子は何を言い出すんだ?
「新しい公園?」思わず聞き返した。

「そう!こーんなに大きくて、きれいなお花がいーっぱい咲いてて、長ーい滑り台がたくさんあって!そこで遊んでたの!!」娘は両手を大きく広げ、勢いよく語る。

そして、こう付け加えた。
「公園で遊んでたら、ママが遠くから呼んだから帰ってきたの。」

その言葉に、背筋がすーっと凍った。たしかに、救急車の中で私は必死に娘の名前を呼んだ。その声が届き、花咲く公園から戻ってきてくれたのだろうか。

不思議な話だ。その公園は美しく、見たこともない遊具がたくさんあったそうだ。楽しくてあっという間だったと娘は笑顔で話す。私は話を聞きながら心の中で誓った。どこにいても、娘に声を届け続けようと。

「ママの声が聞こえたから、帰ってきたの。」
そう話す娘に、私はただ「ありがとう」と言うしかなかった。

けれど、思う。私が母としてできることなんて、ほんの些細なこと。あの場所から戻ると決めたのは、紛れもなく娘自身だ。私の声は、娘の手を少し引っ張っただけなのかもしれない。

数日後、娘はすっかり「花咲く公園」の話を忘れてしまった。それでも、母である私は娘の語ったその景色を忘れない。あの夜に娘の命がつながったことへの感謝。そして、戻ると決めて行動した娘の姿を。

今、娘は中学生になり、すっかりけいれん発作も治まった。今日も部活の練習試合へと元気に家を飛び出していく。今年も無事に冬を迎えた。これからも娘が自分の力で未来を切り拓けるよう、そっと見守りたいと思う。

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