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花咲くギリシャの春を行く
初めてギリシャを旅したのは春だった。黄色、赤、紫。色とりどりの花が咲き乱れ、ふんわりとオレンジの花の甘い香りがただよっていた。
アクロポリスへ向かう道の途中に、遺跡に転がる大理石の間に、風車が回る丘の麓に、さまざまな花が咲いていた。
遺跡に咲く花
子どものころに読んだ神話が好きで、ギリシャに興味を持った私。神話の舞台になった地を訪れ、神殿が残る遺跡を歩き、感慨深いものがあった。
アテネの街中には、そこかしこに遺跡がある。街から小高い丘を仰ぎ見ると、パルテノン神殿が太陽に照らされている。この神殿が立つアクロポリス遺跡に連なるように、音楽堂や劇場の跡が残る。風の神の塔があるローマン・アゴラや、ローマ皇帝ハドリアヌスが建てた図書館の跡は、街歩きの途中で何度も目にした。
知人が紹介してくれて、アテネに住むギリシャ人のAさんに街を案内してもらった。最初に連れて行ってくれたのは、古代アゴラ。アゴラとは古代ギリシャの広場のことで、政治や経済活動の場でもあった。ここには、鍛冶の神、ヘファイストスの神殿がある。そのそばには、整然と並ぶ大理石の柱が美しいアタロスの柱廊。神殿を取り囲むように、赤い小さな花が、たくさん顔を覗かせていた。
アクロポリスの丘を登る途中には、黄色の花が群がって咲いていて、辺りを蜜蜂が飛び交っていた。
赤い花にまつわる神話
遺跡に咲く花や道端で見かけた花は、自生しているもののようだった。歩いていて、アネモネみたいな赤い花を見かけた。美の女神アフロディーテー(アプロディーテー)が愛したアドーニスにまつわる物語がある。息子のエロスの矢で胸を傷つけてしまったアフロディーテーは、偶然目にしたアドーニスを目にし、心を奪われる。エロスの矢で傷を受けると、目にしたものを愛してしまうのだ(大変ですね!)。
アドーニスは狩りを好む美しい青年で、彼が狩りに出かけるときは、アフロディーテーも狩装束に身を包み、彼を見守った。ところがあるとき、女神が不在の間に狩りに出かけたアドーニスは、狙った猪を仕留め損なう。手傷を追った猪に襲われ、深い傷を追った彼は命を落とす。女神が嘆き悲しむ中、アドーニスの血の滴りから、真紅の花が咲きはじめる。それがアネモネで、その名は「風の花」の意味だという。この花の命は短くて、風が花を開かせたかと思うと、すぐに次の風が花びらを散らしてしまうからだ。
遺跡に咲く赤い花を見て、この物語を思い出した。
大地の女神の涙
春は、大地の女神の娘ペルセポネーとともに訪れる。神話ではこう語られている。
ある時、大地の女神・デーメーテールの娘・ペルセポネーの姿が見えなくなる。世界中を探し回っても見つからず、女神が悲嘆にくれるうちに、泉はかれ、川は干上がり、大地は乾き、草木は枯れ果ててしまった。
実はペルセポネーは、冥界を治めるハーデースに見初められ、地下の国へと連れ去られていた。ハーデースはギリシャ神話の最高神、大神ゼウスの弟だ。荒れ果てた大地に神々も困惑し、デーメーテールの求めに応じて、ゼウスはペルセポネーを母の元に帰すようハーデースに促すことにする。
神々の使者・ヘルメースが冥界へ遣わされ、ペルセポネーを連れて地上へ戻る。デーメーテールが娘との再会を喜び流した涙が地面に落ちると、そこから青草が生え、小さな花が開きはじめ、大地は再び緑に包まれた。地上に春が来たのだ。
しかしペルセポネーは、そのままずっと母の元にとどまることはできなかった。冥界で柘榴(ざくろ)の実を口にしてしまったからだ。冥界で食べ物を口にした者は、再び冥界へ戻らなければならないというきまりがあり、ペルセポネーは冥界と地上を行き来することになる。
そういうわけで、ペルセポネーが冥界にいる間、大地は冬に閉ざされ、彼女が母の元へ戻ると、地上に春が訪れるようになった。
春のギリシャを旅して、この神話が生まれた背景を体感できた。一斉に花が咲き、木々が芽吹く。大地の女神の喜びと共に、世界に春がやってくるのだ。
太陽神と月の女神が生まれた島
アテネから、エーゲ海の島にも足を伸ばした。太陽神アポロンが神託をくだしたというデルフィにも興味があったのだが、アテネで会ったAさんもその友人も、ギリシャは島がいいと言う。そこで、サントリーニ島とミコノス島、人気の島を訪ねた。本格的な観光シーズン前で、閉まっている店やホテルもあり、建物の白い塗装も所々剥がれていた。まだ風が冷たく、空の色は淡い水色で、時々薄く雲が立ち込めた。
ミコノス島名物の風車の下にも花が咲き、家々の塀の上から、紫色の藤の花や白いマーガレットが覗いていた。
ミコノスからは、近くのデロス島へ船で渡ることができる。今は無人だが、かつては交易で栄え、島中に遺跡が残る。デロス島は、太陽の神アポロンと月の女神アルテミスが生まれたといわれ、母のレトが産湯を使った湖の跡もある。これまた神話好きにはたまらないスポットだ。アポロンの神託の地の代わりに、生誕の地を訪れることができた。
島に咲いていた紫色の花は、ダイコンの花と呼んでいた家の庭に咲く花に似ていると思った。
最初のギリシャの印象がこうだったので、数年後、夏に再訪した時には驚いた。遺跡も島も茶色く乾き、野山に草花はなく、オリーブの木だけが緑の葉を茂らせていた。夏は雨が少なく乾燥しているためだ。代わりにブーゲンビリアの鮮やかな花が、白い路地を彩っていた。
希望に満ちた春が来る
広告コピーを集めた本で、「春は希望の別名みたいだ。」というコピーを見つけた。なんて素敵な響きだろうと思った。出会いや別れや旅立ちや、さまざまな出来事が起きる春。人の背中をやさしくそっと押すような言葉だ。(※)
「希望」といえば、ギリシャ神話に私の好きなエピソードがある。天上から火を盗み、人間に与えたプロメーテウスに怒った神々は、プロメーテウスの弟、エピメーテウスの元に、美しい女性パンドーラを遣わす。エピメーテウスは兄に神々からの贈り物には注意するよう忠告されていたのだが、彼女を妻に迎える。
神々はパンドーラに一つの箱を贈り、「決して開けてはいけない」と言い聞かせていた。別の話では、エピメーテウスが家に持っていた壺だともいう。いずれにしても「開けてはいけない」といわれると、開けてみたくなるもの。好奇心に駆られたパンドーラがそっと箱を開くと、中からあらゆる病気や禍いが飛び出してきた。慌てて彼女が蓋をすると、中には希望だけが残っていた。
だから私たちは、これからどんな未来が待っているのかわからなくても、いつも希望をもっていられるのだという。
もうすぐ、希望に満ちた春が、やってくる。
■参照
「ギリシア神話」高津春繁・高津久美子 訳 偕成社文庫
「完訳 ギリシア・ローマ神話」トマス・ブルフィンチ 大久保博 訳 角川文庫
「日本のコピー ベスト500」宣伝会議
※「春は、希望の別名みたいだ。」(影山光久 日産プリンス/スカイライン)
(Text & Photos : Shoko) ©︎elia
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